#23 ピースメーカーもまた不滅
「近頃爆発的にその数を増やしてって……ここまで増えるもんなのぉ……?」
黄色いパーカーと、はちまきで目元を覆った少年、”U-フェンス”、勇作は自身を取り囲む超能力者たち、”ニューヒューマン”を見渡しては、あまりの窮地ぶりに返って危機感を喪失してしまいそんな軽口が唇を衝いて出てしまう。しかも勇作程度の有象無象ばかりではない、彼を狙うのは実力者たる”トゥーセイバー”と”テクスチャー”の両名まで居る。トゥーセイバーの切れ味鋭い二刀は元より、その能力は戦闘向けではないテクスチャーが持っている拳銃すら勇作には脅威だ。他のニューヒューマンのように”特殊な能力”を持たない勇作に、しかも二人もの人間を庇いながらこの場を切り抜けることなど不可能。
「逃げ場無し。テクスチャーなら押し倒して行けるかも作戦も無理……参ったな、ホント、参った……誰か……くそう……」
こうしている間にも勇作の心の中に、頭の中にあの悪夢と、あの声が甦る。走れ走れと、血塗れの男が叫ぶ。せめて最後に一度だけで良いから、”あの子”と話を、出来るなら、話以上のことをと勇作の思春期が願う。そしてそれを嘲笑うようにトゥーセイバーの姿をしたテクスチャーが笑い、笑わない本物のトゥーセイバーが迫る。
背後のトゥーセイバーへと勇作が振り向いた瞬間、テクスチャーがその手に握った拳銃を彼の背中へと突き付け、その引き金を引く。しまったと己の失策を後悔しながら振り返る勇作であったが、そこには拳銃を弾き落とされたテクスチャーの姿が、そして、もう一人。
「うっ、そ……ピース、メーカー!? 引退したんじゃ……」
「詳しいな、坊主。けどな、死んだのとはワケが違う。その気になれば、いつだって現役復帰するのが俺さ」
「この世に悪がある限り……」
「――ピースメーカーもまた不滅……ふっ、若気の至りよ。詳しいな、坊主!!」
テクスチャーの意識をその拳の一撃にて打ち砕き、動き出したトゥーセイバーの元へと瞬時に向かう。勇作にはピースメーカーの動き、その一挙手一投足をまるで見ることが出来ないでいた。それはまるで一陣の風。
勇作が崩れ落ちるテクスチャーを見てから、振り返るまでに、ピースメーカーとトゥーセイバーの二人は高速の剣戟を繰り広げる。トゥーセイバーの振るう二刀を、素手のピースメーカーは刀の腹を拳で殴り付け打ち払い、時に身を低くし掻い潜りながら回避して行く。ピースメーカーの武器はその拳のみ。トゥーセイバーが彼に対応するよりも早く、いち早くピースメーカーは刀が機能しない極々近距離まで潜り込み、両の拳を回す。脇に腹にみぞおちに、それぞれ一撃ずつ。
「――Oops!」
瞬く間の連続攻撃。トゥーセイバーの体が右へ左へと踊る中、ぴたりとピースメーカーの動きが止まった。彼の拳はトゥーセイバーのこめかみへと命中する寸前で停止、そして力無く倒れる剣士を見下ろした彼は大きな唇を窄めそこから深い吐息を噴き出した。それは必殺の一撃を堪えられた事への安堵の溜め息であった。
そんなピースメーカーの苛烈なる戦いを生で目の当たりにした勇作と言えば陸に上げられた魚のように開いた口を閉じてはまた開き。ただ呆然と彼のその背中を見詰めていた。
そのライダースーツを改良した黒色のコスチューム、それを纏っていながらも分かるほどビルドアップされた筋肉。そして褐色の肌をした顔に巻かれ、鮮烈な印象をプラスする真紅のはちまき。黒き風、”ピースメーカー”。それは世界平和と共に、ニューヒューマンたちにも平和をもたらす象徴。そして勇作が”U-フェンス”となる為にその顔をはちまきで覆う理由でもある。
うずうずと勇作の中に憧れの人との握手や写真をという欲が湧き上がり落ち着きを奪おうとするものの、すぐ肩の上で呻き声を上げる二人の為に彼はそれをぐっと堪え、それどころではないのだとピースメーカーに語る。当然、彼もそんなことを百も承知で今を戦っているのだろう。それこそ、引退を撤回してまで。そもそも、ニューヒューマンがことごとくおかしくなっているというのに、何故ピースメーカーは平気なのかと勇作は更に訊ねた。
「それはお互い様だろう、坊主。いや、正確には違うか……」
勇作の元へと歩み寄ったピースメーカーは彼のフードに被われた頭を撫でるでも無いし叩くでも無いし、自らを真似た目元のはちまきは兎も角として、フードはいかしているとそれをピースメーカーは褒める。それは勇作にとって嬉しくも、しかし何の説明にもなっていなかった。
”特別なことは無い。自分も皆と同じ”。そうかつてピースメーカーは言ったことを勇作は思い出しながら、あれは嘘なのかと歩いて行くピースメーカーを目で追った勇作であったが、そこでピースメーカーが姿勢を崩し膝を付くのを垣間見る。驚き駆け寄る勇作を彼は差し伸べた手で制し、短く剃られた頭髪の中に汗を浮かばせた頭を押さえながら立ち上がった。
つまりは、やはり彼は嘘など言ってはいなかった。ピースメーカーはニューヒューマンがおかしくなっていく中で、せめて彼らの希望である自身だけは、彼らを止める為にも正しくあり続けねばならない。その一心でピースメーカーという男は此処に立ち、ニューヒューマンと戦っていた。守るべきものと戦わなければならないという気持ちは、きっと自分本位で活動している勇作には分からないものだ。だが、それを分からないからと無視できるほど今の勇作は愚かでは無い。
「きっと解決できる方法があるはずだよ。ゾンビになったわけじゃ無い……と、思うし。兎に角今はこの場を切り抜けなきゃ。オレ一人じゃ無理だけど、ピースメーカーが一緒なら。頼りにしてます」
「良いな、坊主。弱っちいくせに頑張るヤツは大好きだぜ。よし、その人たちを絶対に離すなよ。道はこのピースメーカーが責任を持って切り開く。行くぞ、坊主!」
その言葉に勇作は元気良く、威勢良く、虚勢も張ってはいと応える。脅威の二人は取り除いたが、以前ピンチに変わりない。無数のニューヒューマンたちは遂に一斉に勇作とピースメーカーへと襲い掛かる。
雄叫びを上げるピースメーカーがその身を一陣の風に変え、取り囲むニューヒューマンたちを蹴散らし、一直線に道を作った。勇作は両肩に担いだ二人をしっかりと担ぎ直しながら、彼が作った道を駆ける。
シェルターまでにどれだけのニューヒューマンが立ち塞がるか分からず、こちらは今にも倒れかねないピースメーカーが一人だけ。絶望的ではあったが、今の勇作の頭にはあの光景も声も無い。それさえ無いのであれば、彼は取り敢えず戦えた。
勇作がピースメーカーの切り開いた通りを駆けて行く。しかし、四方はピルで、死角は至る所にある。現に、ピースメーカーがニューヒューマンを抑え込んでいる合間にも次のニューヒューマンがビルより飛び出し、勇作へと襲い掛かった。彼はピースメーカーからの指示を受けて己の体を操り、彼らを躱す。しかしそれもいつまでも続かない。その肉体を異形へと変化させたニューヒューマンであった者であろう、それが勇作の正面に立ち塞がった。ピースメーカーが彼らへと立ち向かうが、その力は彼と互角。二体も引き受ければピースメーカーは手一杯だ。
それでも勇作はピースメーカーの言う”穴”を見つけ出し、包囲からなんとか抜け出す。ピースメーカーを置いて行くのは胸が痛んだが。今は助けるべきは彼では無い。
「くそ……!」
しかし、速く動けるニューヒューマンは何もトゥーセイバーやピースメーカーだけでは無い。異形化しようとも、寧ろそのお陰で能力の威力を増したそれが瞬く間に勇作に追い付く。ピースメーカーの声がするが。もう遅い。異形の爪が勇作を襲う。その直前、彼の視界を無数の氷塊が覆い尽くした。勇作には、どうもそれに見覚えがあった。姿を捜す。その姿、”彼女”の姿。
「まさか……! まさか……!!」
狼の遠吠えが木霊し。その巨大な影がビルより出でた。




