#21 ダーク・ワン
またすぐにディープ・ワンズは攻撃を仕掛けてくる。
後退を続ける”ジョージ・ワシントンII”の甲板へと降り立ったミュールとスパイクの二人。特にスパイクは”イーグルガイ”としてではあるが甲板上に展開している兵士らに警戒を更に高めるように促す。速いものでは既に飛翔型のディープ・ワンズが幾匹か対空火器により迎撃されていた。そうでなくとも海中型の攻撃は今も続いている。スパイクは甲板にへたり込みくたびれた様子のミュールを見下ろしては一体どういうつもりなのかと訊ねた。
「私じゃなくて、アレよアレ、ラフィングス……ちょっと待って……」
呼吸を乱しながらミュールは空間を切り裂き、その中に手を突っ込むとまずは水筒を取り出し、その後にケースに入った肉塊のラフィングスを取り出した。そしてそれをスパイクへと投げ渡すと、ラフィングスを受け止めたスパイクはヘルメット越しにその肉塊を覗き見た。するとぎょろりと十個のまぶたの無いぎょろ目が肉塊より現れて、その全てがスパイクを見た。
そんな二人の様子を、水筒に入れてあるスポーツ飲料を飲むミュールは横目で見つつ、ウォーヘッドの助力が無い状態での自らの魔法の使い勝手の悪さに鼻を鳴らした。彼女の魔力は非常に強力であるが、それがまだ身の丈に合っていないのだ。そして今まではウォーヘッドが居たために全力全開を常態としていただけに調整もいまいち上手く出来ない。これに関しては”雷の魔法使い”に手解きを受けているものの、ミュールの性格もあって上達しているとは言い難かった。
そんなことを考えつつ、十分に水分を補給し終えたミュールは水筒をまた異空間に放り込みつつ、余計なことはこれ以上考えるべきでは無いと頭を振って目の前の問題へと再び考えを切り替えた。そんなことを彼女がしているとその隣に立つスパイクがふらりと立ち眩みを起こしたかのように足下をふらつかせるのが見えた。見上げるとやはり片手で頭を押さえながら数回頭を振っているスパイクが居て、ミュールはどうだったと訊ねる。
「ああ、くそ……どうもこうも、マジか?」
「出来るっていうなら、やってもらいましょ。兎に角、あのキモい連中をやっつけないといけないわけだし」
「こうなりゃヤケ、か……」
そしてミュールは跳び起き、更に数回軽く跳ねた後に宙に舞い上がる。既に空をディープ・ワンズが飛び交い始めていた。このままでは艦隊を守り切れないと、溜め息を吐いているスパイクにミュールは告げる。スパイクも諦めたように頷き、試してみようと言うと、手にしたラフィングス入りのケースをイーグルが頭上を通過しようというタイミングで高々放り投げた。
ぎょろぎょろと放り投げられたラフィングスはケース内で十個もの眼球を様々な方向に動かした後、上空を通過しようとしているイーグルを発見し、その全ての目がそれを捉えた。そして迫るイーグルを前に、蠢き始めた肉塊は膨張を始めケースを満たして行く。やがてケースにひびが入ると、イーグルが真上に差し掛かった直後ケースを貫き肉塊の一部が触手のように伸びた。それはイーグルへと一瞬で到達し吸着、ラフィングスはイーグルにぶら下がった状態になる。
それを下で見守っていたスパイクは不安そうな声を上げるものの、ディープ・ワンズの迎撃に飛び去ったミュールに気付き、急ぎ弾薬を持ってくるようにと兵士に告げる。それまでは彼は光学兵器にて固定砲台をするしか無い。
そんな風に不安がられているとも知らずに、イーグルに振り回されているラフィングスはそれに吸着した触手を伝いケース内から脱出。そのまま触手を戻して行き本体ごと取り付くことに成功すると、今度は肉塊からまるで蔓のように細い触手を無数に広げて行く。やがてその肉の蔓はイーグル全体を覆い、あまつさえ機体内部にまで入り込み始める。そうして機体の異常を知らせるべく鳴り響くアラートにパイロットが動揺していると、次はコックピット内部にまで異常が現れ始めた。操縦桿や計器などがまるで生きているかのように蠢き分解されて行くのだ。遂に悲鳴を上げたパイロットであったが、直後に脱出機構によって彼はコックピットから座席ごと弾き出される。
何が起きたのかと、肩のフュージョンカノンを低出力で連射しながらスパイクがラフィングスが取り付いたイーグルを見る。するとそれはまるで墜落する寸前かと思えるような錐揉みをして飛んでいた。しかし、何よりもスパイクが驚嘆したのは、そのイーグルが複雑怪奇に折れたり分離したりをしながらその形を変え始めたからであった。
「なんだありゃあ、すげえ!」
空中で飛行機としての形を逸脱したイーグルは、他のイーグルへと接近して行くと触手を伸ばしそれを捕縛。引き寄せ、パイロットを排出するとそれと合体を果たす。そして遂に三機目を捕縛するとそれとも合体をし、遂にその形状が明確になり始めた。
二本の腕と二本の脚、頭。それはイーグルの白銀の外装を鎧のように纏った紛れもない人型であった。二機を本体へと変形させ、三機目を外装と飛行用の装備に変えた人型のメカになったラフィングスはイーグルから引き継いだ三機分もの無数のスラスターから黒煙を上げた数秒後、正常な動作を始めたそれから青い炎を噴き出して遂に空へと飛翔した。
一応その頭部には発声用の機構を備えているようではあるのだが、急造であるからなのかどうやら上手く機能しておらず、ラフィングスは何やら聞き取りできない奇声を叫びながら”ジョージ・ワシントンII”を飛び越え、ミュールの元へ。
「――ぅうげっ!? な、なによアンタ!?」
両腕に陣を展開し、そこから魔力の槍をスパイクの機関銃よろしく連射しながら、両目からもサイクブラストを放ち襲い掛かるディープ・ワンズを倒していたミュールであったが、背後から爆音と共に言い知れぬ圧力と気配を感じその目を向けると眼前に現れたのは巨大な顔。しかもそれは機械の塊と言ったような様相で何処か骸骨にも見え、グロテスクでもあった。その口はミュールに何か告げたいのか激しく開閉を繰り返し唾液のようにオイルを撒き散らしているが、いかんせん発声機構が駄目であるためミュールはそれが何を喋っているのか分からない。
彼女が困惑している合間にもそれは彼女を追い越して飛んで行く。残されたミュールは目を丸くしながら、航跡雲を残すその後ろ姿を見詰めていた。その後、補給を済ませ上空へと出てきたスパイクが彼女に追い付き、先ほどのものがイーグルを取り込んだラフィングスであると知らせた時の彼女は酷く驚いたようだった。
ラフィングスは駆ける。現代の空。それは太古の地球とも変わらない。ただそれが戦いのためだというのが残念でありながらも、今一度の自由を彼は謳歌する。そしてその使命を全うする。イーグル三機により構成された機械の体はラフィングスの細胞により結合されており、その内部の見えないところでは彼の肉が根のように張り巡らされている。意思の伝達もそれらが行い、半生半機というのが今の状態としては正しいだろう。機銃及びミサイルランチャーを展開し、そこから銃弾とミサイルを撃ち放つ。イーグルが持つ全ての機能、攻撃力、それら全てをラフィングスは使用できる。それだけでは無い。
繰り返し起こるミサイルが炸裂した爆発の中を燃え上がるディープ・ワンズがラフィングス目掛けて突撃を仕掛ける。ラフィングスはスラスターの配置された足裏を前方に向けて逆噴射を駆けると共に各部のエアブレーキを展開。急速に停止をし、ディープ・ワンズの突撃から逃れる。なおも追い縋るそれを振り切るべく、ラフィングスは体の構成を造り変えることにした。
これまでは全方位に攻撃が出来るように、飛行能力も両立した人型をしていたが、今度は攻撃できる領域を限定しつつも飛行能力に特化した形態を選ぶ。つまりそれはイーグルそのものの姿形。複雑に絡み合った機械を分解し、再び組み替えて行くことで三機分の心臓と推進力を持った正しく怪物級の巨大ジェット機形態へとラフィングスは人型から姿を変えた。
計六発にもなるエンジン、六つのスラスターを点火させ、爆発ような音と共にラフィングスジェットは弾けるように飛んだ。その噴射時の勢いですらディープ・ワンズを蹴散らし、追えるものなど存在せず全てを置き去りにして彼は飛翔。速度と共にその機動性も凄まじい。自在に機体を組み変え出来ると言うことは、あらぬ場所にスラスターを配置し直すことも可能と言うこと。そうでなくとも、ラフィングスは機体の正面と後方を丸々変形により入れ替える。先ほどまで向こうを向いていた飛行機が旋回も機動もせずにいきなりこちらを向くというのだ。六つのスラスターを自在に配置し機体を安定させたラフィングスはミサイルを放つ。それにはまるで彼の意思が乗っているかのような軌道でディープ・ワンズを纏めて吹き飛ばして行く。
その場に滞空しながら、ラフィングスはジェット機形態か人型へと再び形を変え。遙か水平線を見据える。あの向こうに、全ての元凶にして、己の討ち取るべきものが存在していることを彼は知っている。
やがて、ミュールとスパイクがラフィングスの元へとやって来た。というのも、あれだけいたディープ・ワンズに攻勢が弱まってきたというのだ。何が起きているのか、それをラフィングスへと問おうと、口が利けないならばこれまでの方法でと思いミュールが彼に触れようとした時、何か好からぬ感覚が彼女を襲った。
そしてラフィングスが見詰める水平線を、ミュールも共に見詰めその目を細めた。
「……なに……?」
ミュールが己の中に広がる不愉快な感覚に眉をひそめ、そして零した疑問に、ラフィングスは答えた。
「――ダーク・ワン」




