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#20 ママが相手してあげる

 先に行く。

 そう言ってスラスターの出力を増大させ、旗艦”ジョージ・ワシントンII”へと羽ばたいたスパイクの背中を見詰めながら、ミュールは両手で抱えていたラフィングス入りのケースを転移門へと放り込んだ。行き先はその中間空間で、色々な物をそこへと放っておくことが出来る。そうしてようやく手ぶらと相成った彼女は周辺を見渡してみる。煙を上げる艦艇が幾つもあり、けたたましく空を飛び交うのはそれよりももっと多い戦闘機。その何れもがまるで蝙蝠の群れのように膨大な化け物に襲われている。


「ディープ・ワンズ、ね。動物愛護に反したりしない……よね!」


 遠慮など必要ないと自らに言い聞かせたミュールはその紅い瞳の浮かんだ双眼より純白の魔力光を溢れさせる。そして浮かべた不敵な笑みと共に、抑えていた魔力を解き放った。それ水道の蛇口を捻るのと同じくらいに簡単で、魔法と呼ぶにはあまりにも単純。魔力の放出、それを魔法使い、魔女たちは”サイクブラスト”とそう呼んだ。


 ミュールの両目から解き放たれた魔力は彼女の意思によって指向性を持たされ、二つ合わさることにより太い一つの光線へと変わる。サイクブラストは単純に魔力の量や質によりその維持と効果、威力が決まる。最悪の魔女ベアトリクスの実子たるミュールの魔力の性質は破壊に向いている上、彼女により様々な魔法使いや魔女の魔力の性質を付与されているミュールのサイクブラストは彼女の生来持つ魔力の強大さも相まって凄まじい破壊力と共に望む通りの性質を付与することが出来る。


 しかし下手な小細工にはその分魔力を消費してしまう。ただでさえサイクブラストとは消費の激しい行為であるため、無限の魔力を失っているミュールはこの戦いがこれきりでないことを予想し、照射と共に威力を絞りながら性質付与も行わなかった。


 空を一直線に横切った白い閃光はイーグルの後を群れで追い回すディープ・ワンズとの合間に割り込み、ミュールがその首を捻るとサイクブラストも共にその角度を傾ける。過ぎ去るイーグルと、それに追い付こうと全速飛行を行っていたディープ・ワンズは急停止など出来るわけも無くあまつさえ向かってくるサイクブラストを回避することも出来ずに次々と閃光へと飲まれては分解、蒸発していった。窮地を脱したイーグルは旋回をし、”ジョージ・ワシントンII”へと急行する。その途中、浮揚するミュールを横切るのだがウインクと共にお決まりのコルナサインを見せ付ける彼女に対しイーグルドライバーもまたサムズアップを返すのであった。


 そんな一瞬のやりとりを行いながら、威力の調整を済ませたミュールはその感覚を失わないように注意しつつ、反転。スパイクがイーグルらと共に戦いを繰り広げている”ジョージ・ワシントンII”に背中を向けると、襲われている他のイーグルおよび艦艇の救助へと向かった。膨大な数のディープ・ワンズは空を埋め付く散としている。サイクブラストを照射してなぎ払おうともたちまちに新たなディープ・ワンズがそこを埋め尽くすことは想像に難くない。


「皆は退避してるんだよね……なら、そのお手伝いしなきゃ。まずは引き剥がす!」


 状況を把握、理解し、適切な行動を取ること。それはミュールが単独で活動を行うことを決めた時、父たるウォーヘッドから言われたことであった。”ジョージ・ワシントンII”は明らかに戦線から退こうとしている。他の艦艇やイーグルはそれを護衛している。しかし多勢に無勢。ディープ・ワンズの数は囮すら無意味なほどだ。しかし、流石に脅威を感じればそれを優先的に排除しようとするのが定石だろう。そこでミュールはディープ・ワンズに対する脅威になってやろうと、なるべく多くのイーグル及び護衛艦たちが己の間合いに入るように位置取ると、彼女はその目を見開き二筋のサイクブラストをそれぞれ放った。


 そして更に、そのサイクブラストの行き先に陣を出現させ、そこへと閃光が到り、通過すると同時に二つだったそれは無数の光線へと枝分かれし空を駆けた。”クラッカーショット”とミュールが呼ぶそれは文字通りパーティーグッズのクラッカーから着想を得た”技”である。これも単純であるが、陣にサイクブラストを直撃させることでそれを拡散させる。


 無数のディープ・ワンズに対する無数のサイクブラストはミュールの記憶に従い目標とそうでないものを区別し一帯へと広がりを見せ、そして海上に降り注ぎ天空へと昇っていった閃光の数々はディープ・ワンズのみを正確に貫き滅ぼして行く。イーグルを追い回し、護衛艦に纏わり付いていた化け物共をその一面一掃したことで打撃群の囮含め戦闘中であった大半が解放され戦線を退く足がかりを掴んだ。それを見届けたミュールであったが、予想通り、被害を受けたディープ・ワンズの気配を彼女はその身に感じ始める。


「ようし……掛かってきなさいな。ママが相手してあげる」


 両目から魔力の光を立ち上らせ、両拳を握り気合いを込めて脇を締める。ミュールの背後に円形の陣が展開されると、その陣に無数の魔力光が灯り、それを伴い陣が回転を始めた。


 その軽口から、まだ余裕があるようにも感じられるが、その実、既にミュールは体に魔力の消費に伴う負荷を感じていた。それでも、皆をせめて援軍と合流できるところまでは逃がさなくてはならない。軽口の一つも叩いて、そうして強がることで気を紛らわせる。彼女の目前とは言わず、頭上や下方、あらゆる方向に取り囲むようにディープ・ワンズは広がる。果たして何を言っているのだろう、人の悲鳴にも似たその鳴き声を一人の少女に対して一斉に浴びせかける。


 緊張に喉が、唇が乾く。しかしその表情には未だ勝ち気な笑みを携え、覗かせた舌で唇を湿らせた直後、ミュールに向かい多数のディープ・ワンズが襲い掛かった。ミュールはその長い白髪を踊らせながら、高速回転する陣より魔力光を放ち、体ごと向きを変えながら掃射する。猛烈な勢いにより連射される魔法の弾丸は彼女に襲い掛かる主な飛翔型ディープ・ワンズの翼である膜を撃ち抜き引き裂いて、体を粉々に砕いて行く。更にそれに加え、もう一つ同じように高速回転する陣を展開し同じように魔法の弾丸を連射し死角を補うと、その両目からもサイクブラストを放ちディープ・ワンズを次々に焼き払って行く。それだけでは無い、両手の指をそれぞれ銃に見立て結ぶとその指先からも魔法を放つ。


 空のディープ・ワンズを一手に引き受けながら、それでもミュールはまるで引けを取らない。しかし、彼女の力も所詮は有限。その限界は予想されるよりもずっと早く訪れるだろう。少なくとも、このままでは。


「イーグルガイ、此処は任せて。海から上がってくる連中だけなら何とかなる」


 甲板へと水かき付きのその手を掛けた海中型ディープ・ワンズ。しかしそれがぬめりを帯びた体を上げる前に、その手を硬いソールが踏みつけ、突き付けた銃口から炎が上がった。その脳天を貫かれ、力無く落ちて行く怪物を見送った後、顔を上げたのは”ジョージ・ワシントンII”の甲板上で戦闘を行っている兵士の一人であった。彼はライフルを抱えながら空を見上げると、海中に向かい両腕の機関銃を撃ち続けているイーグルガイへとヘルメットの通信機で無線を送る。それは現在艦隊の盾になりディープ・ワンズの大半を受け止めているミュールの援護に向かえというものであった。


 ”イーグルガイ”とはすなわちスーツに身を包んだスパイクのことであるが、兵士は彼を説得する。するとその通信を受け取った”イーグルガイ”ことスパイクは顔と、機銃の展開した片腕をその兵士へと向け発砲。竦む兵士であったが、弾丸は命中していない。何事かと振り返るとそこには緑色の血を撒き散らし痙攣するディープ・ワンズが。呆然としてそれを見下ろしている兵士に対し、今度はイーグルガイから通信が入る。


「危なくなったら信号弾を上げろ。すぐに助けに戻る」


 その声はスパイクの言葉を代弁したバルチャーのもので、彼はその後翼を羽ばたかせ更に高く飛翔。兵士に見送られながら一人で戦うミュールの元へと急行した。


 体を寝かせ飛行しながらスパイクは、やがて射程に飛翔型ディープ・ワンズの群れを捉える。スーツの各所に設けられたハッチが展開すると、その中より小型の弾頭がせり出し、彼の合図と共に一斉にマイクロミサイルが発射される。鳥の鳴き声のような甲高い音と共に無数のそのミサイルは群れの中へと突入し、直後に爆発が連鎖した。


「ミュール、無事か!?」


「無事かって……危うく丸焦げになるとこだった!!」


 スパイクの呼び掛けに、少し遅れて爆発の後に発生した黒煙の中から飛び出してきたミュールが咳き込みながら怒鳴り返す。一応はミュールの位置をトレースし、ミサイルの効果範囲と照らし合わせ巻き込まないようミサイルの爆破タイミングや着弾位置を調整したつもりであったが、事前に警告しなかったのはやはり問題であったようだ。そのような余裕が無かったのも事実ではあるが。


 兎にも角にもまだ無事らしいミュールとスパイクは合流を果たし、ミュールは彼に背中を預け魔法の使用を自衛に必要なだけに減らす。スパイクが応援に来るまで無限とも思われるディープ・ワンズを引き付け生き延びるために彼女は既に魔力をかなりの量消耗していた。その証拠にその顔は汗に塗れ血色も良くは無い。息も上がり肩は大きく上下していた。


 少し休んでおけとスパイクが彼女に告げると、彼は引き続きミサイルを射出しつつ両腕の機銃を掃射。更に背面より機関砲とフュージョンカノンを展開すれば、その二つの広い射角を利用して背後のミュールの方まで攻撃範囲を広げる。


 全身武器庫のようなバルチャースーツであるが、全ての兵装を展開し一斉攻撃に移った際の騒音は想像を絶するもので、ミュールは両手で必死に耳を塞いでそれを耐え続ける。


 弾丸と砲弾、ミサイルと光線。そして魔力を僅かなりとも回復したミュールの魔法により、ディープ・ワンズが支配していた空は瞬く間に爆発と閃光に包まれて行く。イーグルらも二人が化け物共を引き付けることにより余力が生まれ、攻撃に参加。徐々に押し戻し始めるかと期待が生まれ始める。だが、そこで遂にスパイクのスーツに積まれたミサイルと砲弾が底を突いた。残るは両腕の機関銃と光学兵器のみであるが、機関銃の弾丸も直に尽きるであろう。彼の眼前に表示された警告はそのことを告げていた。


 光学兵器ばかりは原子力をエネルギーとしているスーツ故に切れることはないが、攻撃の頻度は激減。更には再び負担の増したミュールもガス欠に陥り始める。


 二人の戦闘能力が低下したことで必然的にイーグルたちも再びディープ・ワンズの攻撃の標的にされ始める。更に間の悪いことに、もうすぐで離脱といったところに居た”ジョージ・ワシントンII”とその護衛艦からも緊急の信号弾が上がり始めていた。このままではまずいとスパイクが歯がみしながらも残る弾薬と光学兵器でそれでもディープ・ワンズを撃破し続ける中、突如ミュールから魔法によって頭に直接声が響く。それは此処を脱出し”ジョージ・ワシントンII”へ戻れというものであった。理由を尋ねようにも、もう余力も無い。どうやらそれはスパイクだけで無くこの空域を戦うイーグルドライバーたちに伝えられたようで、二人の援護の下、イーグルたちは後退。次いで二人も”ジョージ・ワシントンII”へと戻った。

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