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#18 今度は皆の助太刀だ

 ”グレート・オールド・ワン”。

 いにしえの地球を闊歩した、古き星の支配者たち。彼らは遥か遠き宇宙の向こうから現れ、そして去った。邪悪なる一つをこの地へと残して。


 ”グトゥグウェントゥルー”。

 それは支配者たちの王の一つ。彼は邪悪なるその意思により、残るグレート・オールド・ワンと敵対し、そして封印された。この地球に。


 ”ラフィングス”。

 グトゥグウェントゥルーとの戦いにより疲弊し、やがては次なる生命の為に地球を離れることを決定したグレート・オールド・ワンたちが見出だした、邪悪の監視者。その使命は次代の支配者たちを邪悪から守り、そして邪悪を今度こそ討ち滅ぼすこと。最後のグレート・オールド・ワン。


 そして今、遥か深き場所に沈められし監獄たる都が浮上し、そこに封印されていたグトゥグウェントゥルー共々、彼の率いる深きものども、邪悪の僕たる”ディープ・ワンズ”、その軍勢が遂に解き放たれた。ラフィングスは監獄の都の浮上と共にその精神を覚醒され、リセプショナーであるミュールを見付け、此処へと導いた。グレート・オールド・ワンたちが建造せし、宇宙を行く船の中へと。


「……って言うのが、あらまし」


 なるほどな。スパイクはラフィングスから聞いたというミュールの説明を受けて、分かったのか分からなかったのか、どちらかと言えば”分かった”と言わない分、つまり分からなかったのだろう。しかし分かるまで説明をされたところでスパイクには分かる自信などもはや無かった。なので……。


「ふっ……なるほどな……ふっ……。って、ホントになるほどなの? スパイクぅ?」


「そ、そんな言い方してないだろ……分かってるよ。だいたいな。だいたい」


 顎をしゃくらせ僅かに上気した顔をけらけら笑うミュールから逸らしたスパイクはそんな自らの顔を隠す意味もあるのだろうが、方針が決まった以上此処で道草を食っているわけには行かない、するならば早くしようと言葉でなくその態度でミュールを急かした。


 スパイクのこともからかい、十分に気の晴れたミュールもそんな彼に反発は見せず、無言で頷いた後広間の中央に跪き両手を床へと添える。スパイクへと魔力を譲渡した時のように、己の中に流れるそれを腕を通じ両手へ移動させて行く。皮膚下を流動する魔力の輝きは皮膚を透過し、魔力を遮断するミュール特製の衣服の中を満たして首元や袖口からその光が噴き出す。そして掌へと至った魔力は広間の床、そこに彫られた溝へと流れ始める。


 溝は円形に幾重にも彫り込まれており、それぞれの円は橋となる直線で繋がれていた。魔力の白い光が円を満たすとその橋を渡り次の円へ。そうして徐々に、やがては全ての円が魔力で満たされた。


 ”施設”起動に必要な魔力を注ぎ込み続ける間、集中と共に呼吸すら疎かにしていたミュールはそれが果たされた直後に汗の浮いた真っ赤な顔を上げ大きく息を吸い、そして吐き出した。円の全てに魔力の白光が宿り、ミュールとスパイクの両者を足下から照らす中、見事に起動を果たした施設はその姿を露わそうと振動を二人に伝える。


 そして中央に近い箇所から異変が起きた。そこに居たミュールは飛ぶことも忘れて慌てて後退り、駆け寄ってきたスパイクの腕へとしがみつく。広間の床が陥没や隆起を繰り返し起伏、左右への移動を頻繁に行いその形を変えて行く。ミュールを連れ、翼を広げたスパイクが宙へと舞い上がると、そこから二人は見下ろして広間がそんな奇妙な動きをしながらその全体を盛り上げている事に気付いた。


「造っているのか、今、この瞬間にも……」


 確かに少し前までそこはただの広間だった。円形の溝以外、変形するための切れ込みなどはまるで無かった。分解からの再構築をそれは行っているのだと、スパイクは呟く。一瞬ミュールがその呟いた声を聞いて彼の顔を見上げるが、そういうことかとまた形を変えて行く広間だった場所を見下ろした。


 唯一広間へと繋がっていた橋は架かったまま、その形を変えていないことに気が付いたミュールはスパイクにもそのことを知らせる。そうしてスパイクは橋の上空へと移動し、そこに降り立つ。腕から離れて橋のぎりぎりまで駆け寄って行くミュールを追い掛けながら、スパイクは”見上げた”。


「わぁ……これ、柱……塔……?」


「さあな、どっちかって言えば、柱……だろうけど。入り口も、窓も無い、しな」


 広間があったこの空間の中心には今、天井を貫いてそびえ立つ巨大な塔とも柱とも、長く高い構造物がそこにはあった。見上げる二人の足下、僅かな揺れと共に橋が前へとせり出し始め、入り口も窓も無い白亜の塔、もしくは柱へと接続する。


 ミュールは一度スパイクの方へと振り向き、そして意を汲んだスパイクが彼女へと頷き、同じく頷き返したミュールはその建造物へと接近、その両手を添え、また魔力を与えた。するとただの白いコンクリートの塊のようだった建造物が輝きを放ち始めると共に、その質感をまるでクリスタルを思わせるようなものへと変質して行く。それは質感だけで無く、実際に中が透けて見えようともし始めていた。


 やがて建造物の全てが曇り一つ無く、全てをさらけ出した。見上げる二人の目に飛び込んできたのは、長大な建造物の中程に浮かぶ、もしくは埋め込まれている物体であった。


 それは何と言おう、言うなれば肉の塊だろうか。ピンク色をしたそれはとても生々しく、非常にグロテスクな見た目をしていた。心臓の様でもある。


「アレが、グレート・オールド・ワン? ラフィングス?」


「ら、しい……けど……予想以上に、キモい……ていうかグロい」


 もう一度試してみる。そう言ってミュールは再び魔力を透明な建造物へ。透けていることもあり、ミュールの魔力がどのように建造物に流れて行くのかがよく見えた。光の筋は建造物内部を複雑に行き来し、それはまるで回路のようだった。張り巡らされ、そして行き着く先は件の肉塊。


 直後、”うヒィ!?”と言う情けない悲鳴がミュールから飛び出したかと思うと、猫のように跳び上がった彼女はそのまま後方に控えていたスパイクへと抱きついた。何事かとスパイクが彼女の顔を見ると眼球が飛び出さんばかりに目を見開き、その顔は真っ青。どうしたのかと訊ねてみれば、動いたとミュールはそれだけ。怪訝な表情を浮かべ、スパイクがミュールの指差す方を見ればそこには確かに脈動を始めた肉塊があり、話を聞くとその鼓動が伝わってきて驚いたのだとか。


 建造物内を血管の様に走り回るミュールの魔力。それを吸い取り、肉塊はその活動を再開した。やがて魔力の全てが肉塊へと吸収されると、その鼓動はかつての力強さを取り戻した。そこを窮屈と言わんばかりに跳ねるその肉塊に応えるように、再び建造物はその形を変え始める。捻れ、小さなブロック状へと細分化し、パズルのように組み変わる配置。ミュールが慌ててスパイクの元から駆け出すと、その両腕を、小さな胸を目一杯に広げる。あろうことか巨大であったその建造物は彼女が両腕に抱えられる程度にまで縮小し、その形を塔や柱から円柱状のケースへと変えていた。


 とくん、とくん。規則的で安定した鼓動を行うそれを、建造物が変形したケース越しに見詰めるミュールとスパイク。どうやらラフィングスという存在に伝えられたことの全ては済んだようで、ミュールはスパイクに帰ろうと告げる。しかしどうやって。スパイクのもっともな疑問の声。この空間は外界と遮断されておりミュールも転移門を行えないのだ。


 二人は悩んだ挙げ句、再びケース内の肉塊を見詰めた。特にミュールは目を細め、鼻先がケースへとくっつくほどに見詰めた。その時だった。


「ぅぎゃあ!? ……ッととと!?」


「目が出てきた!?」


 そう、ミュールが見詰めるそのすぐ先で、鼓動する肉塊から突如としてぎょろりとしたまぶたの無い眼球が幾つも出現したのだ。スパイクは兎も角、目の前でそのような事態に遭遇しそれに仰天したミュールは悲鳴を上げケースを放ってしまうが、急ぎそれを受け止めようとお手玉を始める。あたふたと数回ほどケースを両手で回転させた後、ぽーんと今一度高く飛んだケース。もう駄目だとミュールが顔を青くするが、そこへ伸びてきたスパイクの腕がケースを見事掴まえて見せた事で、ラフィングスの肉塊は危うい所で落下を回避。スパイクの刺すような視線に舌を出し頭を掻きながら謝罪するミュールから、彼は自らが受け止め手にするケースへと視線を映すと、そこには十個ある大小の眼球をあちこちに忙しなく動かすラフィングスがあった。恐らく目を回しているのだろう。


「目はあるみたいだが、耳もあるのか? どちらにしても分かるよな。さっさと此処から出せ、このステーキ野郎」


 スパイクの言葉にはとげがある。いい加減我慢も限界と言うことだろう。それに少しいたたまれなくなったミュールが視線を適当に橋の向こうへと泳がせると、ちょうどその先で巨大な扉が音も無く開こうとしていた。


 急ぎスパイクへとそのことを告げるミュール。扉の開放と共に再び外界と繋がった事で、遂に転移を行えるようになる。メットを展開し、肉眼で顔の横まで持ち上げたラフィングスを横目で見るスパイクのその視線を受けてか、まるでするべき事はしたとでも言うように彼は十個の目を全て肉の中へと埋めてしまう。それを見届け、スパイクは鼻を鳴らした。再びメットが彼の頭部を覆う。


「帰るぞ、ミュール。今度は皆の助太刀だ」


 そう告げたスパイクの視界には、SOSを発するアメリカの艦隊の情報がネットと繋がれた事で表示されていた。傍受した無線からであった。チームのことは心配であるが、ナタリアを始め”オメガ”の面々がそう簡単にやられたりはしないという自信も、そのリーダーである彼にはあった。故に、今助けを求めている人を救うことが最優先であると、スパイクこと”イーグルガイ”は判断したのだった。


 当然、ウォーヘッドの意志を継ぐミュールこと”オーバーサイク”も助けを求める者を見捨てることはしない。スパイクの言葉に力強く頷き、勝ち気な笑みを浮かべたミュールはこの時溢れて出てくる奥底からの力で転移門を開く。それはスパイクの意識を介して開かれたものであり、行く先は彼の求める場所である。


 そして二人と一つは、転移門に広がる漆黒の渦の中へと飛び込んで行った。

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