#17 リセプショナー
再び右前腕の装甲のハッチから機関銃を飛び出させ、それを構えたスパイクは目の前を睨み付け、そして叫んだ。
「その子に何をした! さっさと姿を見せろ! 何者だ!? もう一度言う。その子に何をした!!」
彼の目の前、機関銃の銃口が突き付けられたその先に居るのは他でもない、白髪にして紅い瞳の少女ミュールである。ミュールである筈なのだが、今の彼女の様子は正常とは言い難いものであった。と言うのも、今の彼女のその紅い瞳は白く白濁し、そして瞬きをしていない。血色を無くした唇はしかし震え、相変わらず溢れた唾液を流している。
スパイクは同じ言葉を声を大にして叫びながら、口だけでないことを示すために思考制御である機関銃の引き金を引く。引き絞る限り弾丸が射出され続けるフルオートであるところを、機関銃の状態をセミオートへと切り替えたが故にその銃口から打ち出された弾丸は一発。しかしその激しい音と閃光は何人をも怯ませるには十分である。
弾丸はミュールの顔のすぐ傍らを抜けて、床へと着弾。頑強な床に弾かれた弾丸は何処かへと跳ねて行く。木霊する銃声がこの空間の静寂の中へと溶けて行き、向かい合った両者は沈黙する。しかし相変わらずのミュール、スパイクはとうとう我慢の限界へと至り、マスクのみならずメット全てをスーツへと格納し頭部を剥き出しにするとその目で直接ミュールを、ミュールをどうにかした存在を睨み、そして吠える。
「――ま、ま、ま……ま、て。待て。ち、ちか、ら……力……たす、たすけ、が……」
吠えようとした、ちょうど歯を剥いてその大口をスパイクが開いた時であった。震えるだけであったミュールの唇、それが明確に動きを見せ、あまつさえ言葉を発しさえしたのだ。だがその声こそミュールのものでありながら言葉と言えばあまりにもたどたどしい。スパイクは大口を開けたまま、一生懸命に何かを言いたそうにするミュール、か、もしくは彼女では無い何かを凝視したまま、ゆっくりと開いた口を閉じる。そしてその間に乾いてしまった口内を唾液で十分に潤わせた後、ゆっくり落ち着いて話す様に彼女へと告げる。
むにゃむにゃと言葉にならない言葉を発しながら、まるでゾンビの様な顔のミュールはそんなスパイクにぎこちなく頷くと、喋ることよりもまずは動かし方を覚えるかの様にその口を開けたり閉じたり繰り返す。どうやら敵対する様子でもないことから、そもそもとしてミュールである以上、威嚇を越えた暴力は振るえるはずも無く、スパイクは機関銃を格納、そして両腕を再び胸板の上で組むとやはり溜め息。
しばらくの事、横を向いたり背中を向けたり、そしてその度にミュールの様子を横目などで窺いスパイクは時間を浪費して行く。そうして再び彼女と向き合ったスパイク。これまで彼の苛立ちを表す様にひたすら床を叩いていた爪先はそれを止め、ミュールと向き合っているのはつまりその時が来たと言うことに他ならなかった。
「お前は誰だ?」
「ら、ラフィングス……ぐ、グレート……オー、ルド・ワン」
「なんだそりゃ……」
「は、はりゅ……遙か、むかし、の……ちきゅう、地球を支配して、いた……グレート・オールド・ワン……言う……」
それは自らを”ラフィングス”と呼び、そして”グレート・オールド・ワン”とも告げた。しかしそれが何と説明されたところでスパイクには理解できず、困った様に頭を掻きむしるが、そうしているとラフィングスという言葉にこそまるで思い当たる節は無かったが”グレート・オールド・ワン”、これには聞き覚えがあった。ハイスクール時代、小馬鹿にしてちょっかいを掛けていた件の研究会でそれを耳にしたことがあったことを。
何だったかな。
そう思いメットが展開されていない時に限り、胸元の装甲の内側に現れるプロジェクターを起動。スパイクの目の前にホログラムで出来たHUDが投影され、彼はそれに向けてグレート・オールド・ワンを発言する。そうするとインターネットに繋がり、求める情報が検索されスパイクの目の前に表示される。筈なのだが、どうやらこの空間ではネットには繋がらないらしく、すぐにエラーが表示されてしまった。
悪態を吐くスパイクであったが、そこに意外にも助け船が出されることになる。
《アレだろ、”ハワード・フィリップス・ラヴクラフト”。これの小説で”旧支配者”つーろくでもない連中がそう呼ばれてんだ。確かな。まあ確かだが。なんせこのバルチャーの知識だからな! じゃあコイツはその旧支配者ってワケだ。笑えるな!!》
「小説の話だろ。与太話なら他所でやれ」
「お、おそら、く……り、”リセプショナー”……だろ、う。我々、の……思念……を、受け取ること、できる、性質、の、生物……だ」
まさかバルチャーが小説などと口にするとは思いもしなかったスパイクは面食らうが、まさかそれが関係あるなどとは思いもしていなかった。その為のスパイクの言葉であったが、そこへ更に声を挟んだのは件の”グレート・オールド・ワン”、ラフィングスであった。
彼によると、その”リセプショナー”と言うのはグレート・オールド・ワンの一つが忘却から逃れる為にこの世に遺したものらしく、リセプショナーは特殊な脳を持ち、グレート・オールド・ワンからの思念を夢やアイデアという形で受け取りそれを世に遺し広めて行くのが役割だという。彼らの次に地球を支配するものから地球を取り返す。その時まで忘却の彼方に消えてしまわないように。
いよいよついて行けないスパイクは頭痛がし始めた頭を押さえながら、何よりも大事なことをラフィングスへと言う。
「ああ、その辺はどうでもいい。ラフィングスだったか? 何でも良いが、その子から出て行け。てめえの物じゃねえぞ」
先ほど自ら掻きむしり乱してしまった、整髪料で固められたブロンドの頭髪を雑に整え直しながらミュールの中に居るラフィングスへと刺すような視線を向けたスパイクの声は低く唸る様だった。そんな彼に白濁した瞳を向けるラフィングスはしかし怯まず、だが意外にもその首を縦にすんなりと振るのだった。
そのことに驚くスパイクであったが、ラフィングスは彼に向け再び口を開いた。
「この、者とは既に、話を、した。私、の願いにも、理解をして、くれた。後は、この者、ミュール、に、任せよう。スパイク、既に、戦いは始まって、いるのだ」
そう告げ、すると突如ミュールの肉体が大きく痙攣を起こした様に震え始める。やがてその動きが止まると、彼女は力無く膝から崩れ始めた。弾丸すら事も無げに弾き返すほど頑強な床だ、そこへ受け身も取らずに倒れては怪我をしてしまう。スーツの装甲前面を開放し、その中から出てきたスパイクはぱつぱつのシャツから覗いた筋肉の隆起した太腕で倒れるミュールを受け止める。
スパイクの呼びかけと同時に体を揺すられ、まるで眠りから醒めたかの様な間抜けた声を上げたミュール。その様相は彼女本来のものであり、一安心して胸をなで下ろすスパイクであったが、当のミュールはそれどころではないようだった。
「ぅぅ……ぅげ!? な、なにこれよだれ? べちょべちょじゃん……うわっ、最低~……」
元の紅い瞳を取り戻したミュールがまず目にしたのはスパイクの頭髪と同じブロンドをした体毛に覆われた腕であったが、それよりも気にしたのはそこと自らの口元に付着した透明な粘液であった。口元に糸が続いていることからミュールはそれが己の唾液であるとすぐに理解するが、それで口元も纏っている服も汚れていることには大層気分を害したようで、スパイクの腕から離れた彼女はグローブで一生懸命に口元の唾液を拭い取り、濡れたネックウォーマーを取り払う。
スパイクは彼女のそののんきな行動に呆れつつも心底安心した微笑を浮かべながら、しかしミュールが目もくれないスパイクの腕に付着した唾液を彼は自らのシャツに押し付けて拭うのであった。果たして最低なのはどちらだと心の片隅で思いながらも。
ひたすら唾液で色々と不機嫌らしく唸るばかりのミュールにスパイクはいい加減しゃんとしろと言うつもりで咳払いを彼女に聴かせると、じろりと彼を見たミュールに問う。
「……つまり、何が何なんだ?」




