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#15 このバルチャーも居ることを忘れるな

 バクテリアや、この湖に生息する生物の排泄物、そもそもその死骸など、それらによってその壁は酷く汚れ、一見して朽ちている様に見える。見上げてみてもその頂は中程から氷の天井に隠れてしまい、それ以前に闇の中だ。


 何故この様な場所に壁があるのかというスパイクの疑問はもっともであったが、ミュールにしてみればどうでもよいことであった。靄はこの壁の中へと消えていった。追い掛けねばならないが、しかし入り口は何処にもない。


 壁は巨大で、恐らく湖の端まで届いており全貌の大半は大地と氷の中に埋まっているようであった。例え入り口があるのだとしてもそれは土か氷の中であろう。


 スパイクがミュールにどうするのかと訊ねると、彼女は進もうと返す。当然、行き止まりを前にしたスパイクは何処へ進むと言うのか、ミュールへと再び疑問を投げ掛けると、彼女はもちろんと不敵な笑みを携えて一言。それを聞いたスパイクもうんざりと肩を竦めて見せるものの、結局はミュールに付き合う旨を苦笑と一緒に示すのであった。


 そうして、二人は人型の靄がそうしたように、朽ちた壁面へと前進する。この世とはずれた所に居る今の二人はこの世からの干渉を受けることがない。しかしこの魔法は絶体であるが故に使用者の魔力を大量に消費し続ける。ミュールも既に頭痛を覚え始めていた。もう長くはこの魔法を維持しておくことは出来ない。もし壁の先に何かがあるのならばそれで良し、もし何も無いのであれば、壁と同化してしまうその前に脱出する必要がある。


 迫る型へと、ミュールは意を決しスパイクと共に飛び込んだ。瞬きよりは長い間、漆黒の中を変わらずに進み続けて行く。魔法の持続時間を考えて、もう引き返さなければいけないとミュールが思った時であった。二人の目の前の漆黒が取り払われ、直後、まるで生き物の体内かのような、質感こそ無機物のそれでありながら見た目や配列などは有機物のようでもある、そんな歪な空間へと二人は放り出された。


「ッ……スパイク!」


《水なし! 酸素あり! 大気汚染なし! 良いぞ!》


「勝手に喋るな!」


《ハッハァーッ! バルチャー!》


 咄嗟の声と共にメットで頭部を覆ったスパイクがミュールの展開する結界から弾き出される。唯一平面な床へと着地したスパイクは早速スーツによるこの空間の調査と検査を開始し、まず見て分かる通り湖の水は此処には無く溺れずに済むことを確認。次に吸気口から取り入れ、フィルターを兼ねたアナライザーに空気を分析させ、毒素など有害な物が混じっていないことなどを確かめると、それをミュールに知らせるべく声を出す。直前に先に声を上げたバルチャーにその全てを言われてしまえば、スパイクは歯軋りをしそれを笑うバルチャーを睨んだ。とは言え、スーツ自体がバルチャーであるからして睨むのはモニターでしか無いのだが。


 とは言え、そんなスパイクとバルチャーは兎も角、既に結界の維持の限界に達していたミュールはその言葉に安心して結界を解除することが出来る。頭痛と、そして耳鳴りの中、張り詰めていた緊張と力を解く。ぷつんと糸の切れる様な感覚と共にミュールを襲うのは開放感であり、彼女の周囲に展開し泳いでいた紋様の全てが崩れて虚空へと塵となり消え去った。かっと熱くなった体が冷やされて行き、浮いていた爪先が床へと接した直後に膝から崩れ落ちるミュールをスパイクの腕が支えた。彼の腕に凭れながら、まるで酷い立ちくらみの様な症状に苛まれるミュールの目は据わり、その頭はゆっくりと揺れ動いていた。


 貯蓄していた魔力を使い果たし、それでも結界の維持のためにその後は己の生命力を魔力へと直接変換し続けた結果ミュールは衰弱してしまったのだ。


 ここからはスパイクの番。いまだに意識のしっかりしないミュールを抱え上げながら、彼女の魔力の残滓で輝く眼で周囲を見渡す。生物的な造形の、天井から壁同士の間隔など十二分に広い此処は広間かとスパイクは思っていたが、左右に長く伸びる作りからどうやら広間では無く通路であることに彼は気付いた。


「巨人でも住んでんのか?」


 10メートル程はあるかという高さの天井を見上げながらそう呟いたスパイクだったが、ミュールの魔力でこれまで感知できなかった様々なものを感知できる様になっている今の彼は己に向けられている何ものかの気配に気付き、天井から通路の奥へと視線を向ける。


 スーツに搭載されているカメラがスパイクの瞳の動きを感知し、見詰める先をズームすると、不自然なノイズが走る映像の中で先にある扉と思わしき構造物が開こうとしていた。動体センサーや熱源センサー、あらゆる機器が脅威は無いと示している。腕の中を見下ろすと、そこには相変わらず虚ろな目でいるミュールが居り、このような状態のミュールを連れて行くことに抵抗はあるものの、置いて行くよりは自らが付いている分ましだろうと判断したスパイクは開かれた扉へと導かれる様にして歩いて行く。


 生々しい、不気味な造形の通路を進み、やがて解放された巨大な扉の前にスパイクは到達。通路以上に暗いその先を進むにあたり、頭部や肩のライトを点灯させ先を照らし出しながらいよいよそこへと足を踏み入れる。その途中スーツの下で、スパイクの両目に宿っていた魔力の光が遂に消え去り、感じていた気配も同時にその感覚を消失。ミュール曰く魔力を生み出すこと自体は生き物であるならば何であっても可能であるらしいが、その為の訓練を当然ながらスパイクはしておらず、今後も関わるつもりは無い彼は与えられた魔力の消失を仕方の無いことと割り切り、探索を続行する。


 相変わらずグロテスクな構造物。インテリアも何も無い、ただがらんどうの暗闇を歩き続けるスパイクの腕の中で、遂にミュールがその呻き声を上げた。それに気付いたスパイクが彼女に無事を確認するも、頷くだけで取り敢えず命に別状は無い様であったが受け答えがしっかり言葉で出来るほどには回復していない様であった。幸いミュールは防寒具を纏っている上、この建造物の内部の気温も致命的なほど低いわけでは無い。とは言えこんな得体の知れない場所で一人というのは如何なスパイクであっても些か不安であり、早く復活してほしいとミュールに期待しつつもそれを口に出すことはせず。


《このバルチャーも居ることを忘れるな、子猫ちゃん!》


「ああ、出来ることなら忘れたいけどな」


 口に出したつもりは無いというのに、無意味に高度なAIはバルチャーにスパイクの気持ちや考えを察しる事を可能とさせる。しかしスーツに出来ないことはバルチャーにも出来ないのだから、結局彼が居たところで戦力的にはスパイク一人と変わらない。万が一の時にはミュールが目覚めない間、スパイクは自身が頼み。無意味な問答にうんざりしながら、しかし何も起こらず沈黙を続ける此処を当て所なく彷徨い続けること十数分、やがてスパイクの前に一つの明かりが現れた。


 これまでこの建造物の内部には明かりらしい明かりは無かった。最初の通路には光源らしいものは見当たらなかったが、それでも何故か暗くは無かった。しかしそれすら無くなり、真っ暗闇の現在の空間に於いて、その明かりはよく目立つ。ちかちかと切れかかっている照明の様に明滅を繰り返しているからだ。それはまるでスパイクを誘っているかの様な、不穏なものを彼に感じさせる。スパイクが既に気配を察することが出来ないことを、此処に居る何かは理解しているとでも言うのだろうか。


 息を飲みながら、そして意を決したスパイクはそこへと向かう。点滅する明かりの下まで歩み寄って行くと、そこにもまた巨大な扉が出現。ライトで照らしながらそれを見上げるスパイクの視界に入ってくるのは、扉の左右に彫刻された二体の、人の形をした怪物。中央に掲げられた杖の様な物を祭り上げているかの様なその二体の怪物の姿は多数の触手を纏った様な不気味なものであった。


「……ギーガーかよ」


 そんな軽口も、何処か頼りなく。溜め息交じりに俯いたスパイクであったが、その頭上で扉が音を立て開き始めるともう一つ溜め息。頭を振り回し、仕方が無いと自らに言い聞かせて、再び顔を上げたスパイクは解放された扉の中へと入っていった。

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