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#13 皆どうしたんだってんだよ!!

 轟と音を立てて大空にぽっかりと空いたのは漆黒の広がるまん丸い転移門。そして飲み込まれた光が渦を巻き吸い込まれて行くその向こうから降りてきたのは漆黒のレザースーツとジャケットを纏った長い白髪の少女、オーバーサイク。降りてきた彼女は寒いと一言漏らすと面白くなさそうな顔をして周囲を見渡した後、溜め息を落とす。そして出てきた転移門を見上げると、そこからはアーマーに身を包んだ”イーグルガイ”ことスパイクが降下してきていた。


《バルチャー!》


「急に大声出すな。ここは、南極か? なんでまた……ミュール?」


 リパルサーリフトによる浮揚を行いながらアーマースーツのセンサーカメラ越しに一変した景色をスパイクが見渡すと、そこは一面を白銀の氷に覆われた極限の大地。スーツがスパイクの求める情報をHUDに表示し、此処が南極であることを彼が知るとスパイクは僅か下に居て両腕を擦っているミュールの元まで降下して行き、彼女に訊ねた。


「それは私にも分からない。気配を追ったら出口が此処に繋がっただけだから……ぅぅ……寒すぎ」


「さっさと魔法でも何でも使って暖を取れ」


 特殊な合金で作られているバルチャーもといレオン製のアンスロポコンは極地に於いても凍結せず、それに伴う機能障害にも陥らない。当然、それを纏い保護されているスパイクも凍えることはあり得ず、何ならば余剰な熱を転用した暖房完備、換気も行き届いているスーツの中は実に快適であった。


 そんな中に居るスパイクの指示にぶー垂れながらも従うミュールはジャケットをダウンへと変化させ、それにすっぽりと身を包みながら更に手袋と帽子、ゴーグルをそれぞれ作り出し完全防備。魔法で寒さを遮断できないのかというスパイクの問いかけに省エネだとミュールは答えながら、彼女はきょろきょろとまっ白な周囲を見渡した。


 一面は雪と氷に覆われ、澄み切った空気では吐息すら白く濁らない。風が吹き抜ける音と、氷が軋み割れる音。外にはゆっくりと流れて行く氷山が見えるだけ。静寂には何も無く、スパイクが纏うバルチャーのメカニズムが彼の僅かな動作に反応して立てる小さな駆動音すらよく聞こえるほどだ。


 忙しなく周囲を探るミュールを、センサーは何も反応を示さないこともありすること無く退屈そうにあくびなどしながら眺めるスパイクはHUD上にウインドウをポップアップさせ、見詰める対象をミュールからウインドウ内に流れるニュース映像へと変えた。


*


 ニューヨーク、タイムズスクエア。


「くそっ……皆、皆どうしたんだってんだよ!!」


 逃げ遅れた人々を両腕に一人ずつ抱え、通りを駆け抜けるのはダッシュブロンドと言うメーカーの黒いストライプの入った黄色いパーカーを纏ったはちまきマスクの少年、彼は”U-フェンス”を名乗る勇作であった。


 彼は破壊されてぼろぼろになった通りを危うく躓きかけながらも走り続けた。事件が起きてから彼は避難する市民たちの誘導や救助に尽力していたのだが、ここタイムズスクエアにも逃げ遅れた者たちが居ると知るや飛び出してきたのだが、それが仇となってしまった。


 確かに市民は助けた。正確には、今両肩に担いでいる二人を残してであるが、それでもその二人をシェルターまで連れ帰れば全員救った事になる。しかし問題は同伴した鳴海や救助活動に参加していた警察たちとはぐれてしまったことと、向かうシェルターにはまだ距離がある事、そして何よりも問題なのが、U-フェンスこと勇作を追跡する存在である。


 勇作の背後から勢い良く飛び出した影が振るう二つの閃光。勇作は担いだ二人を放り投げて振り返り、その両腕に装備したマルチガントレットを頭上で交差させる。直後響いた金属音と勇作の両腕に衝撃が伝わり、痛みに奥歯を噛みしめる。彼がはちまきに開けられた二つの覗き穴から己の腕の向こうにいるそれを見上げると、非常に頑丈なはずのガントレットの外装に深々食い込むのは刃。そしてそれを振るった人物は、勇作も、世間もよく知る、二振りの刀を自在に操る高速の剣士”トゥーセイバー”。


 ニューヒューマンとして彼が覚醒した力は物体を振動させる力。能力を奮われればそれに対応した二つの刀によって勇作の腕はガントレットごと切断されてしまうだろう。そうなる前に手を打たなくてはならない。歯噛みしながらまるで話を聞こうとしないトゥーセイバーの腹へと蹴りを見舞い弾き飛ばす。不安定なままそうしたためか勇作も反動で転倒し、後方へと転がって行きながら何とか起き上がるとトゥーセイバーの一撃を防いだガントレットを確かめる。切れ込みは深いが腕にまでは達していない。握りしめた拳にはまだ力が籠っていた。


 顔を上げると、無様に転げた勇作とは違いちゃんと着地をしたトゥーセイバーが二刀を構えていた。勇作もニューヒューマンとして力の覚醒を果たしているが、彼の力はあまりに微弱であり、また戦闘経験やそもそもセンスからして勇作は未熟すぎる。正面切っての直接戦闘では勇作にまず勝ち目は無い。


「くそ……あんたとやり合ってる場合じゃねーんだよ!」


 であれば戦闘など拒否してしまえば良い。ガントレットに備わったランチャーを展開し、グリップのトリガーを絞りぽんと射出されたそれは駆け出したトゥーセイバーに命中する直前で炸裂し、眩い閃光を放った。文字通りの閃光弾だ。そして被ったフードで自滅を免れた勇作はもう片方のガントレットのランチャーから更に一発。先の閃光弾で目を眩ませたトゥーセイバーだったが、その勘は冴え渡っており振るった刀がそれを迎撃した。が、直後にそこから煙が噴き上がり一面を埋め尽くしてしまう。今度のそれは煙幕弾だ。


 閃光弾で視界を奪い、煙幕弾で更に時間を稼ぐ。これであればすぐに発見されることはない。勇作が駆け出したのはトゥーセイバーではなく、先ほど放り投げた要救助者二人の元であった。


 勇作の能力は極単純。それは身体強化だ。しかしどれ程肉体が強化されているかと言えば、それは微々たるもの。足は速く、膂力は成人男性の力を凌ぐ。しかし人の域を脱する程ではなく、どちらかと言えば目立つのは頑丈さくらいだろうか。それも衝撃にはある程度強いが、刃物や銃弾には当然弱い。その程度。まず風邪はひかない。


 この身体強化は並みのニューヒューマンが本来の力とは別に副次的に身に付けるものでもあり、勇作は残念なことに並み以下のニューヒューマンと同じ、そのおまけのような力にしか目覚めなかったのである。これは勇作に限った事ではないが、それでもニューヒューマン同士の”戦い”に向くかと言われればまず向いてはいない。それはニューヒューマンに目覚めた日、ただの人であるいじめっ子への復讐に乗り出しそして返り討ちにされた勇作自身がよく理解していた。それでもこうして”U-フェンス”となって危険な場所に乗り出すのには理由があるのだが。


「しっかりして! 今すぐに安全な所に……って危ねえ!!」


 意識の無い二人を再び肩に担ぎ上げた勇作がその顔を再び上げた時、その視界に入り込んだのは鳴海だった。だが彼が拳銃を構えていることに気付いた勇作は咄嗟に二人を担いだままその場から転がり出ると、ほぼ同時に銃声が鳴り響き勇作の背後にそびえたビルの窓硝子が崩れ落ちた。


 地面へと投げ出させる二人を庇いながら両腕のガントレットで自身をも庇った勇作が彼を睨む。


「鳴海姐……じゃあないか。”テクスチャー”……」


 男性にして女性のような顔をした鳴海が笑う。直後にその姿にノイズが走ると、鳴海だった姿が今度は浅黒い肌をしたトゥーセイバーへと変容する。そして勇作がちらと背後へと目を遣ると、そこにもまた二刀を構えた本物のトゥーセイバーが佇んでいた。


 ”テクスチャー”。

 政府機関に属するトゥーセイバーとチームで行動するニューヒューマンのエージェント。彼女の持つ力は擬態。その姿をあらゆるものへと変えることが出来るというものだ。潜入任務於いて彼女の右に出るものはそうは居ない。


 しかし、そんな黄金コンビを前にして勇作には一つの希望が見えようとしていた。


「皆おかしくなって、でも、そのお陰で突破口が”現れた”。テクスチャー……それじゃまるで、”トゥーセイバー”みたいだぞ」


 勇作の頭の中に甦るいつかの日の思い出。トラウマ。死に行く人と、最期の言葉。忘れようとしても忘れられない、彼を突き動かすその言葉がまた勇作の頭の中に響き始める。呪詛のように。五歳の誕生日。あの日からその言葉が勇作を苦しめ続けてきた。走れと、血まみれの人が告げたその言葉があの光景と共に、五歳の頃から彼の頭の中で繰り返されている。その言葉は彼に選択の余地を与えようとはしない。走れ、走れと止まろうとする彼に告げ続けるのだ。彼が、勇作が走り出すまで。何度も。あの血まみれの光景と共に。


 テクスチャーはいわばトゥーセイバーの制御役だ。やや感情的な彼を諫め、任務の成功への道筋を示す。テクスチャーは姿を変え、身を隠し、欺きながら、いつもトゥーセイバーが行動しやすい様にお膳立てをしてきた。そういう役割が二人の間では決まっていたのだ。何故ならば、テクスチャーにはトゥーセイバーの様に敵を倒す強力な力が無いから。


 ――だと言うのに、その役割を無視してテクスチャーはその姿を露わにした。トゥーセイバーの戦闘能力には敵わない。しかしテクスチャー相手ならば、彼女相手ならば勇作の力でも何とかなるはず。その可能性は僅かとは言えあり得るはず。


(……女子相手に強気になるのってなんかかっこ悪……いやいや! 拳銃持った女子なんておっかなすぎだろ。それにこっちは人を二人も担いでトゥーセイバーの攻撃を掻い潜りながらテクスチャーを突破するんだぞ? ……無理ゲーすぎねえ? いやいや! やらなきゃこの人たちは殺されちゃうんだぞ!? やれるって、やれるってオレなら。だって今のオレは”U-フェンス”なんだぞ!? やってやるさ!!)


「――んん?」


 よっこらせ。勇作が二人をまた両肩に担いで立ち上がる。依然として彼は大ピンチであるが。一応の希望が見出せたこともあり、取り敢えずやる気は喪失せずに済んだ。更にはそれによって頭の中で壊れたレコードの様に繰り返される言葉も、スプラッター映画の様な光景も現れなくなって一石二鳥。ようしやってやるぜと己を鼓舞した勇作がいざ目の前の銃を構えるトゥーセイバーという冗談みたいな姿のテクスチャーへと身構えた時であった。


 何やら視線を感じる。そう思って勇作が顔を上げると、通りを挟むビルの窓辺に沢山の人の姿が見えた。周辺の避難は完了したとのことであったが、はておかしいな。如何なバカでアホと口の減らない母親に言われ続けてきた勇作であっても、流石に理解する。避難が終わった場所に突然現れた人影。しかも恐らく全員が彼を見詰めている。しかも気が付くとビルの中だけでは無く、タイムズスクエアの通りという通りからまるでゾンビ映画の様に次々に人影が増えてくるではないか。


「……ニューヒューマンって、こんなに居たんだ。なるほどなるほど……」


 もう駄目かもしれない。四方八方をニューヒューマンの大群に囲まれて、勇作の自信も勇気も音を立てて崩れ始めた。トゥーセイバーを避けてテクスチャーを突破するなんてそんなに簡単な話では無くなってしまったのだから。


 味方は無し。敵は沢山。

 どう足掻いてみたって生き残ることは不可能だ。


 ちくりと、勇作は頭痛を覚える。

 ”走れ”と誰かの声が頭の中に響いて、木霊して、それが繰り返される度に頭痛も繰り返した。そして映像。瓦礫に押し潰されて血まみれの人が何かを叫ぶ光景が甦る。”走れ”。その人は勇作の頭に響き頭痛を引き起こしているその言葉を叫び続けている。


 この恐ろしい記憶を消し去る方法はただ一つだけ。走り出す以外に無い。立ち止まる限り、血まみれの人は勇作にその惨い姿と走れと言う呪詛を吐き続けるだろう。


 はちまき越しに前を見る。相変わらずトゥーセイバーの姿をして笑っているテクスチャー。後ろには本物のトゥーセイバー。四方には正気を無くしているとしか思えないニューヒューマンたち。


 どうせ、どうせ死ぬのならば、せめて忌々しい記憶に蓋をして、安らかに散って見せようではないか。歯を食い縛った勇作はしっかりと二人を肩に担ぎ直し、そして決死の脱出に向け、その一歩を踏み出した。


 ――走れ。

 その言葉から逃れるように。

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