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#11 空が、埋まる

 太平洋海上に突如出現した大渦と、その渦から発生したと思われる濃霧はその規模故にすぐに各国に存在を知られることとなった。

 まず始めに中国が調査と接触を図ったものの、失敗。続いて韓国もまた同じ轍を踏み、失敗。先の二国の立て続けの調査失敗に、その二国共にしかし霧の中に何かがある、何かが居ると声を揃えていた。


 それからすぐに対策を講じ、より確実に濃霧の発生原因を調べようと各国様々な機器や人員を投入しようとしたが、時を同じくして更なる問題が世界中を襲った。――それは超能力者”ニューヒューマン”たちの一斉の暴走と、変異であった。

 まるで呼応するかのようなタイミングで、ニューヒューマンへと覚醒した者たちが一斉に破壊行動を始め、世間は太平洋の濃霧所の騒ぎでは無くなっていた。


 そして場所は太平洋沖。アメリカの原子力空母”ジョージ・ワシントンII”とその護衛艦複数による空母打撃群。

 かつて”フォールン”を継承した異星生物による直接攻撃をニューヨークに許したアメリカ・ユニオンは今回の怪現象をフォールンないしそれに近しい何かによる異変であると想定し、調査と同時に攻撃も視野に入れた編成による出動を行った。しかし、ニューヒューマンの暴走は当然各地、アメリカにも及んでおり、ここに展開した部隊も帰還か調査続行かの知らせを本国から待ち立ち往生を余儀無くされていた。


 ”ジョージ・ワシントンII”艦長、”ジョージ・シグナルス・ジュニア”は彼女の艦橋に張り巡らされた防護硝子の前に立ち、吸い寄せられて行く雲の様子をどうにもくたびれた様子で眺め続けていた。乗組員に茶化されるように、彼は祖国を守るために目の前の脅威に今すぐ部隊を戻すべきか、それともこれから起こるやもしれないニューヨークでの惨劇を繰り返さないために調査へと乗り出すべきか思い悩んでいたのだ。

 国を守るために指示を待つこと無く帰還すべきと言う者もいれば、太平洋での異常事態にこそ暴走するニューヒューマンたちを止める鍵があるはずとして部隊を進めるべきだと主張する者も両方居る。もちろん、司令官であるジョージJr.に上からの命令を待つ以外の選択肢などありはしない。憧れの船長になり、栄えある実戦に赴き祖国のために戦う。初めこそ胸がときめき、腕が鳴ったものであるが、実際はこのどうすることも出来ない状況にやるせない気持ちを積もらせて行くばかり。


「……私もイーグルガイのように出来たならばな……」


 そんな文字通り胸くそ悪さを紛らわせるように落とした吐息と共に零れたのは少し前から話題に上がるようになったスーパーヒーロー”イーグルガイ”の名前であった。一児の親と言うこともあり幼い少女であるオーバーサイクを素直に応援するには些か気恥ずかしさと言った抵抗や周囲の目もあり、そんな中現れた渋いガンメタルのアーマースーツに身を包み自由の象徴たる翼を羽ばたかせ悪党を成敗するイーグルガイの存在はジョージJr.にいつの間にか忘れていた少年時代のときめきを蘇らせていたのだ。


 オーバーサイクのコミックやグッズを収集する娘を今やジョージJr.は笑ってはいられない。何故ならば彼もイーグルガイのグッズを集めることに夢中だからだ。まだ新顔であるイーグルガイはオーバーサイクとウォーヘッドのコンビやチーム”バリアント”、そして老舗の”ピースメーカー”などと言った名だたる面子ほどそういったアイテムが出回っていない。公式のメーカーや出版社は言わずもがな、インディーズから発売されるガレージキットやオフィシャルアイテムを改造するためのキットなどを買い漁る日々。自らも軍人故に、似た気質のように感じるイーグルガイは数々のヒーローの中で彼にとって近しくも特別な一人なのである。


 しかし、ジョージJr.にはイーグルガイの様な自由な翼は無い。彼に任せられた”ジョージ・ワシントンII”は自由の翼たり得ない。故にジョージJr.はざわめく空とその灰色を写し取った海を眺めて憂鬱な溜め息を零すのだ。自分もイーグルガイの様にその翼で自由に空を駆け、困っている人々のために、それこそコミックや映画で描かれているような活躍をしたいと。

 そうしているとある一報がジョージJr.の元へと届く。


「――濃霧より未確認の反応多数。こちらに向かって……なんだあれ……!?」


 そしてジョージJr.は再び視線を外へと向ける。報告に来た部下が目の当たりにした光景を自らも見るためだ。目を見張り、凍えたように顔を真っ青に変えた彼が何を見たと言うのだろうか、ジョージJr.が窓の向こうに浮かぶ海を覗く。するとやはり彼もまた彼の部下と同様にその目を見開き、しかしあまりに寒々したその感覚に汗の一つも浮かばない。何だあれはと部下と同様の言葉が飛び出るよりも前に、ジョージJr.は艦橋に振り返り声を張り上げた。


「ッ総員戦闘態勢! 今すぐ全艦に通達しろ! 警報!!」


 警戒も何かもかもをすっ飛ばし、ジョージJr.は己を襲う恐怖にそれこそ恐怖した。まるでそれ事態があれであるように思えたからだ。

 すぐに”ジョージ・ワシントンII”を警報が包み、兵士たちは艦内を飛び交い甲板に飛び出して行く。


 ジョージJr.はCIC、戦闘指揮所のある空母内部へと艦橋を降りながら、先ほど垣間見たものの恐怖を必死に押し込めようとしていた。彼が見たもの、それはまだまだ遠方にあって姿形を把握するにはあまりに対象が遠過ぎて小さかったが、それでも彼の頭にはその姿が鮮明に焼き付いていた。


 それは一つ一つが人よりも一回り大きい、そして人のように二本一対の手足と頭を持ちながら、それはしかしまるで海洋生物の様な皮膚をしていて魚や蛸、烏賊といった生物の特徴を持っていた。例えば全身に蠢く触手や、頭の左右の目が付き首筋まで裂けた大口など。しかしそれに恐怖したのは、そんな醜悪な見た目だけに留まらずそれがまるで悪魔の様に羽根を持っていてカモメの様に群れて飛翔しているからであった。


 あれは何だと訊かれた所で、あれは化け物だとそう答える他あるまい。もしくは悪魔か。ジョージJr.はそれしか答えを持ち合わせていなかった。


 辿り着いた指揮所でジョージJr.はすぐさま戦闘機を発進させ、兵士たちに白兵戦の用意を指示する。兎に角攻撃をし、”敵”を迎撃し殲滅しろと、彼は恐怖に駆られていた。


 しばらくして、母艦より飛び立った戦闘機の第一陣が目標の飛翔体の群と接触するそのカウントが始まった。一つ、また一つと時が進み。そして遂に――。


 ――イーグル1、フォックス1。イーグル4、フォックス1、2。イーグル2、フォックス……。


「イーグル各機、目標と接触。戦闘開始しました」


「護衛各艦からも順次イーグル発艦」


「目標……とんでもない数ですよ。ざっと300は……いや、まだ増えてる……」


 レーダーを前に、そう呆然と口にしたのは若い士官だった。ジョージJr.はしかしそれを聞き逃すことが出来ず、恐怖の最中その士官の元へと駆け寄りその肩を乱暴に引っ掴むと、レーダーの前へとその蒼白した顔を向ける。そしてそこに映し出された敵影を見て、力無く開いた口からただの吐息のように弱々しく、彼は言った。


「……空が、埋まる……」


 ジョージJr.が空の見えない指揮所の天井を見上げる。

 レーダーが映し出すのは巨大な影。否、それは一つの大きな影に見えてしまう程膨大な、遙か深淵より湧き出た深きもの共の無数の影であった。

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