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#1 冗談がお上手ね

 燃え盛るエンパイアステートビル。地上では鎮火のために消防隊や警察隊、指揮車やポンプ車、はしご車にパトカーにと混乱の様相を呈していた。


 未だビル内、特に展望台には多くの市民や観光客が取り残されている。手をこまねいている警察や消防隊に何故早く助けに行かないのかと野次馬たちから野次が飛ぶ。


 しかし直後のこと、彼らの頭上、煙に遮られた晴天で爆炎が上がり、どよめきと共に多くの者が空に向けて携帯を構えた。そのビデオカメラが収める映像の中に居たのは二人。一人は全身を燃え上がらせた人のようであり、そしてもう一人は――。


「オーバーサイクだ」


 誰かが言う。その言葉は一人また一人と伝わって行き、やがて壮大な歓声となって轟きを放つ。それを浴びるのは燃える男と対峙する漆黒の装束に純白の髪を踊らせた一人の少女。オーバーサイク”ミュール”。


 最悪の魔女と呼ばれるベアトリクスを母に持ち、自身も強力な魔法を操る彼女は現在一人で活動を行っている。訳あって父親兼相方であったウォーヘッドが戦線を退いているからだ。一時は暴走しがちな彼女を諫めるウォーヘッドが不在と言うことに不安を覚える者も多かったようであるが、現在はそのような声も聞くことはない。むしろ彼女が今年だけでも解決して見せた事件の数は相当数に上り、もはやニューヨークだけではなくアメリカの、ひいては世界の守護神にすらなろうとしている。そしてそれはここ数年で激増した新人類”ニューヒューマン”による事件の多さも同時に物語っていた。


 事実、今オーバーサイクことミュールが対峙している相手も、突発的にニューヒューマンに覚醒した者の一人であり、超人”インフェルノ”の後継者を語る彼は連続放火魔メイルズ・ホームス。彼の目覚めた力は炎への変身であり、全身を火炎へと変化させることが可能。その炎による粛清という放火も所詮は報復でしかなく、巻き添えも多く出ていた。そのことへのバッシングが強まり、今回メイルズは世間への粛清の名目でこの凶行へと及んだようであった。


 地上への被害を顧慮し、ミュールはメイルズと上空での戦闘を選んだ。メイルズは火炎の噴射を利用し飛行を行っている、もし能力の使用に何らかのデメリットがあるならば、例えば体力を消耗するというのであれば常時飛行のために体を燃焼させ続ければそれだけでミュールは有利になる。しかし彼女の懸念は何よりもビルに取り残された人々であった。救出を優先させるとメイルズの妨害があり、それをさせると彼のその能力故に被害は更に増してしまう。人々への危険が増してしまうのだ。そうならないためにビルから引き離しての戦闘であるが、そうなると今度は救出が遅れてしまう。火の熱と煙で被害者たちはどんどん疲弊して行く。残る手段は速攻。メイルズを早急に打破し、救出に向かう。ミュールはその時ちらと背後にそびえるエンパイアステートビルを見た、状況が知りたかったからだ。だがそれは隙に他ならず、メイルズの怒号と共に彼の両腕から火炎が放射された。


「ああもう、あなたみたいなのの相手をして一日終わっちゃうのは本当にイヤなんだからね!」


 展開した障壁を拡大し、自身だけで無く後ろのビルにまで被害が及びそうな火炎を完全に遮ってみせるミュール。しかし、実のところ彼女の力は衰えていた。


 これまでであればビルの火災とメイルズの様な敵を纏めて処理することなど造作も無かったのだ。けれど今の彼女はそのどちらかを優先するしかなく、しかも魔法の使用には肉体的疲労を伴うようにまでなっていた。無理な領域拡大にミュールは頭痛を覚えつつも気丈な表情を保つ。


 メイルズの火炎が徐々にその勢いを衰えさせて行くのに合わせ、ミュールもまた展開していた障壁を収縮させつつ、突撃する。炎を押し戻しながらメイルズ自身のその炎を目眩ましに利用したミュールは彼の懐に潜り込んだ直後に掌程度にまで小さくした障壁で以て直接メイルズの顎を打ち上げ、次いでがら空きになった彼の脇腹に魔法による筋力増強と強度適応を施した拳を叩き込む。


 岩をも砕く鋼鉄のようなその拳は一撃で骨を砕きメイルズを再起不能に至らしめるだろうが、事はそう単純には行かないようである。実体の無い炎と化したメイルズの体を、ミュールの拳は突き抜けてしまっていた。


「あら!? ……そ、そう。ふーん、なるほどね、そういう感じか……」


 想定外の事態に目を丸くしたミュールが顔を上げて見ると、そこには彼女を見下ろすメイルズの、炎の中に浮かび上がる二つの眼が覗いていた。冷や汗を流し、苦笑を浮かべたミュールが紡いだ精一杯の強がりの台詞をメイルズは鼻で笑いながら、全身の炎を活性化させ始める。


「お終いか? 魔女。お前も、我が粛清の業火で浄化してやる。似合いの末路だ!」


「冗談がお上手ね。――燃え尽き症候群にご注意を!」


 火力を上げたメイルズの炎はミュールが戦闘の際に防御力向上の為必ず全身に纏う魔力障壁をじりじりと焼いて行く。その熱を徐々に感じ始めながらも、けれどこの程度のピンチはこれまでも経験してきたとミュールから自信が失われることも無ければ怖じ気づくことも無かった。


 そして彼女の顔に不敵な笑みが宿った直後、彼女の身を守る障壁が爆ぜた。驚嘆がメイルズの口から漏れ出て、その彼の炎と化していた体が四方へと拡散する。


 メイルズは何らかの作用で炎を人の形に纏め上げている。しかしその結束が大して強くないことは直接攻撃を打ち込み回避されたミュールには分かっていて、ならばと今メイルズの炎の内部に埋まっている己の拳を含む全身の障壁を外へ向けて放出すればそれでメイルズを無力化出来るのでは無いかとミュールは考えた。そしてその目論見は正しかった。


 ”カワバンガ”と喜びの声を上げるミュールの前で、障壁が炸裂した衝撃に負けてメイルズの炎の体は四方八方に飛散、彼女を焼こうとしていた炎も彼の意思が遠退いたことで共に掻き消えていった。


「無駄なあがきを……」


 だがすぐにどこからともなく聞こえてくるメイルズのその声に、しかしミュールは周囲を見渡しながらそれはどうかと気丈に返す。そして彼女が振り返るとビルを燃やす炎の一部が宙に躍り出て人の形を作り始めようとしていた。炎であるメイルズはあの程度のことでは死にはしない。ミュールも消滅させるでも無く彼の体を拡散させたに過ぎない。いずれ復活することを理解していて、しかし不殺を守り通した。それが父ウォーヘッドとの約束だからだ。特異点や、転移門を用いて深海か宇宙にでも放り込んでやれば如何な炎のメイルズといえど消失するし人に戻れば死に至る。最も楽な対処方法。しかし今のミュールにそれは許されない。人々の希望となるためには、正しい行いをしなくてはならないからだ。何より、自らの命を懸けてまでそれを示してくれた父のためにも。


 だが、だからといってこのまま延々と消耗戦を繰り広げるわけにも行かない。もう被害者たちは限界だろう。決着をつける。そう決めたミュールはメイルズが再び全容を顕わにした瞬間、魔力の光を宿した右手を彼に差し伸べる。その手は人差し指と小指を立てたいわゆるコルナと呼ばれるハンドサインを形作っていて、これには魔除けの意味があるとされている。魔女たるミュールはこのコルナサインを魔法を発動するためのきっかけに据えていた。


 魔女が魔除けのまじないをしながら魔法を使う、この皮肉は正しく魔女に相応しいと彼女は言うが、実はそれは後付け。真実はロックでクールだからとそういうライブ会場で観客がしているのをミュールが真似ただけであった。はじめは単にメロイックサインのつもりでしていたそれであったが、メディアが勝手に彼女の戦い方とそのサインが本来持つ意味を結びつけて指摘したため、彼女もそれに乗っかったに過ぎない。


 兎にも角にも、その手に宿る光は帯となりメイルズの周囲に漂うと、すると途端にメイルズが呻きを上げて苦しみだした。立ち上り揺らめいていた彼の炎は何かに押さえ込まれるように引っ込んで行き、やがてその燃え上がるシルエットはつるんとしたマネキンのような完全に人の形に変わる。本来のメイルズ・ホームスの姿。


「消防士のみなさん! 冷や水を浴びせてやって!」


 ミュールが身を包んでいた魔力の膜、それの応用である。自身を包むのでは無く、メイルズをそれで包み閉じ込めたのだ。もちろんすぐにでも彼はそれを炎で燃やそうとするだろう。そうなる前にミュールは魔法による不可視の手を作り上げ、それで悶えるメイルズを鷲掴みにし、魔法によって皆に聞こえるだけの声量を生み出して消防隊へと指示をすると共に勢いをつけて彼を地面へと放り投げた。


 それと同時に地面すれすれに通じる転移門を開き、そこにメイルズを通過させることよって即時消防隊の待ち構える地表へと彼を叩き付けることに成功。それを見届けた後、ミュールは急ぎ人々の救出に取りかかった。


 300mを超える高さからではあるが、転移門による距離の短縮を図ることで重力の影響を受ける前に落下したメイルズはかなりの痛みではあろうが生存していて、苦悶の声を上げつつようやく自身を包み込む膜を焼き切り飛び上がろうとする。しかしミュールからの指示を受け取って準備していた消防隊からすぐさまメイルズに向かい放水が開始され、それを受けたメイルズは大量の蒸気を発しながら身悶え、逃れようと地面を転げ回った。


 その光景はまるで火だるまの人間が纏わり付く炎から逃れようとするかのようであり、パニックに陥ったメイルズは水に消されないよう人に戻ることすら忘れて己の限界が訪れるまで炎を生み出し続けた挙げ句、体力的にも精神的にも疲弊しきり、炎の体はやがて白い肌を晒した一糸纏わぬ人の体に戻った。そして裸のまま跪いたメイルズは四つん這いでそれでも逃げようと動き出すが、すぐに駆け付けた警官数名に取り押さえられ、手錠と脳の活動を抑制させるヘッドギアによる拘束を受ける。しかしその間際、メイルズは薄れ行く意識の中にあってある言葉をうわごとのように繰り返していた。


 ――”古き主の御帰還に備えなくては”と。

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