第5話:喧騒
俺は、学校が嫌いだ。そりゃあもう反吐が出る位に。
そもそも、“生徒”という言葉も嫌いだ。生きながら従うと書いて生徒。酷いものだ。
俺は葛城と分かれた後、一人でそんな気持ち悪い事を考えながら、二年生用の下駄箱で靴を脱ぎ、鞄から取り出したスリッパへと履き替えていた。そして脱いだ靴を下駄箱に直そうとしたところで、俺は固まった。
「俺って何組だ?」
そうだった。
俺は始業式をサボっていたんだった。さて、どうしたものか。黙って考え込んでいると、遠くから何かが雄叫びのような声を発しながらが凄い勢いでこちらに向かってきていた。
「うわあああぁぁ!遅刻だあああぁぁ!」
携帯電話を開き、時刻を確認してみると八時十分だった。
朝のホームルームは八時三十分からだ。どう考えても、今の時刻は遅刻にはなりえない時間だ。
何か勘違いでもしているのだろう。
携帯電話を閉じ、学生服のポケットにしまい、顔を上げると、他の生徒は俺と遅刻と勘違いしているそいつとの花道でも作るように、綺麗に退いていた。
そして、そいつは俺の方へ向かってくる。全く勢いを殺さずに。
そこで俺は悟った。
「あぁ、お約束ってやつか」
鈍い音がして、視界に一瞬星が浮かび、気が付くと俺とそいつは床に転がっていた。俺はどこかに飛んでいきそうな意識を必死に繋ぎ止め、起き上がると、横で倒れているそいつを乱雑に揺さぶった。
「おい、起きろ」
「………………」
反応は無い。
「…遅刻だぞ」
「えええぇっ!!?」
ガバッと勢いよくそいつは立ち上がった。
遅刻という単語が大好きみたいだな、こいつ。
「おはよう、見知らぬ騒がしき少年よ」
「うぇ?あ、はじめまして…ってそんな事より遅刻になってしまう!」
そう言ってそいつは靴を素早く履き替えると、廊下を猛ダッシュで駆けていった。少年Aが去った後、名前ぐらいは覚えててやろうと、俺は下駄箱に書いてある名前を確認した。
「霧島…哲…」
騒がしい少年Aには似つかわしくない知的な名前だった。
「あ」
2年3組−桐生辰巳
霧島の下駄箱の下を見ると、そこには俺の名前があった。
俺はそこに学校までの道のりでお世話になったスニーカーを突っ込み、スリッパを履き、霧島の下駄箱に軽くでこぴんをした。
「これで勘弁しといてやるよ」
我ながら、ガキだな。
と少し呆れた。
教室に着くと、まだ時間が早いからかどうなのかは分からないが、四十個程の机が並ぶ中、半分以上が空席だった。
時計を見ると八時十五分。
少し早く来すぎたな。
教室を見回してみたが、そこに見知った顔は無かった。何故か、俺より先に行った筈の霧島の姿も見当たらない。
と言っても、俺にとって友達と呼べる人間は亜田原ぐらいしかいないのだが。
そんな望まぬ一匹狼の俺の今の心境は、寂しくないとれば嘘になり、寂しいかと問われればイエスである。
しかし、俺は奇跡的に社交性が無い。自ら話し掛けに行くなんて、そんな神業出来るわけもなく、机に突っ伏して、朝のホームルームを待つことが、今俺に出来る最善で唯一の選択だった。