第4話:日常
ちゅんちゅん。
ちゅんちゅん。
雀と思われる鳥が、窓の向こうで可愛らしい鳴き声を響かせ、俺に朝を告げた。
朦朧とした意識のまま、枕元に置いている携帯電話を開き、現在の時刻を確認した。
七時十分か…なかなか良いタイミングで起きたもんだな。
「…しかし」
俺は一度携帯電話を閉じ、瞳を閉じて心を落ち着かせ、心の準備をした後、ゆっくりと携帯電話を開き、画面を覗き込んだ。
メール着信31件。
「やっぱり見間違いじゃなかったのか…」
確かに昨日ストーキングを宣言されたが、やはり、現実でされてみると、なんというか、怖い。
ていうかどこから俺のメールアドレスを入手したんだ。
しかも、この31件という着信数がやけに現実的な数字で、不気味だ。
念のため、頭を抱えながらも、全部読んでみたが、内容は自己紹介や挨拶などで、思っていたよりもまともなもので、少し安心した。
俺は取り敢えず、気持ちを切り換えて、いつもの朝のように、顔を洗い、歯を磨き、制服に着替え、朝飯を口に適当に突っ込み、鞄を手にすると、学校へと向かうべく、玄関のドアを開けた。
「あ、桐生先輩!おはようでございます。こんな所で会うなんて運命的ですねぇ!」
「…おはよう、葛城」
玄関のドアを開けた先には、ストーカーの葛城木綿子が、満面の笑みで俺を待ち受けていた。「あれれ?桐生先輩ってば元気が無いですねぇ?低血圧ですか?」
葛城が俺の顔を覗き込みながら、疑問をぶつけてくる。
「お前こそどうしたよ、口調変わってるじゃねぇか」
確か、公園で会ったときはおっさんの様な口調だった筈。
「あぁ、口調は日替わりなんです」
なんじゃそりゃ。
「あ、それよりも取り敢えず学校に向かいません?話は歩きながらもできますし」
「それもそうだな」
俺はポケットに手を突っ込み、葛城と肩を並べて学校へと歩き出した。
「で、さっきの話の続きだけどよ、なんで口調が日替わりなんだよ」
「あぁ、それはですね、来るんですよ。毎晩」
「何が?」
「電波がです、『明日のお前はこんな感じだ〜』って」
葛城がどこか遠くを見ながら意味不明な事を話している。
あぁ、そうか。そっち系の子だったのか。
「…そうなんだ」
俺は若干引き気味に答えた。本当に存在しているんだな、こういう系の人って。
「まぁ、嘘ですけど」
葛城が小さく舌を出しながら小さく呟いた。
「嘘かよ!じゃあ本当の理由は何なんだ?」
「覚えてて欲しいんですよ、私を」
葛城がにこりと微笑み、俺に語り掛ける。
「どういう事だ?」
「例えばですよ?もし私が語尾に『ござる』を付けていたら、桐生先輩は私のことを“『ござる」を語尾につける変な奴“って思うでしょう?」
「そりゃ思うだろ」
「でしょ?私は、それが嫌なんです。見た目とか、話し方じゃなくて、ちゃんと私自身を見て欲しい、覚えて欲しい」
葛城が胸に手を当てながら力説する。余程拘りがあるのだろう。
しかし、俺はその話が少し納得出来なかった。
「でもさ、葛城が口調をころころ変えても、相手は葛城の事を“口調がころころ変わる奴“って思うから、結局一緒なんじゃねぇの?」
「まぁ、それを言われたら言い返せないんですけど…まぁ趣味みたいなもんですよ」
「えらく変わった趣味だな」
「人間何か一つぐらいは変わった趣味を持ってるもんですよ。桐生先輩も変わった性癖の一つぐらいは有るでしょう?」
「ねぇよ」
多分、無い筈だ。
「それは残念です。でも、私の変わった趣味も今日で終わりにする事にしました」
「なんで?」
なんか、今日は疑問符を妙に使うな、俺。
「…それは、秘密です。――っと、ここでお別れみたいですね。では、桐生先輩、私はここで」
気が付くと、俺と葛城は学校に到着していた。葛城は、一年生の下駄箱の方向へ走って行った。
「おう、じゃあな」
俺は鞄を持っていない方の手をひらひらと振って葛城に別れを告げた。