第3話:電波
正直な話、俺は今、非常に混乱していた。その原因はおそらく、今日は俺にとって、初めて体験する出来事が多すぎたからだと思われる。
初ラブレター(×2)から始まり、初告白、高校生になってからの初喧嘩、そして、初女の子の顔面にパンチである。
「大丈夫か?」
俺は初女の子の顔面にパンチを決めた、濱野に恐る恐る話し掛けた。
「だ、大丈夫か?」
大男も俺の言葉に便乗するように、濱野に声を掛けた。
「大丈夫だと、思うんですか?」
濱野が自分の両頬を大事そうに擦りながら、笑顔で俺と大男に問い掛けた。
「………………」
大丈夫だと思います。と、言いかけたが、その言葉を口にしても、自分の状況が好転するとは思えず、俺はきゅっと口を真一文字に結んだ。
耐えろ、俺。
「あなたたちは、女の子が自分の体で、一番大事にしてる所がどこか知ってる?顔よ、顔」
濱野はグチグチと俺と大男に愚痴をこぼす。飛び出してきたのはあなたでは?と、言いそうになったが、その言葉を口にしても、彼女の機嫌を直せるとは思えず、俺は口を噤んだ。
耐えろ、俺。
「まぁまぁ、そこらへんで止めといてやりな、嬢ちゃんよ」
愚痴を垂れ流していた濱野の肩を、おっさん口調の少女が軽く叩いた。
こんな面倒臭そうな話に首を突っ込むなんて、物好きだな、と思い、俺はその少女を観察する。華奢な体、背中まで届いている、長く、綺麗な髪、服装は、俺が通っている高校の女子の制服だった。まぁ、口調以外は普通の女の子であると思われる。
しかし、誰だか知らないが、助かった。俺は心の中で、安堵の息を漏らした。
「どこの誰だか知らないけど、あなたには微塵も関係ないでしょ。黙っててよ」
濱野がしっしっ、と犬を追い払うように手を払いながら言った。
「いや、実は関係あるんだな、これが」
少女がやれやれ、と息をつきながら答える。
「そこのあんた」
少女が不意に俺を指差した。おいおい、俺はあんたと初対面の筈だぞ?
「何?」
俺は少し警戒しながら少女を見る。初対面、だよな?
少女は俺に近付くと、にやり、と意味ありげな笑みを浮かべると、口を開いた。
「惚れた」
ちょっと待て、ちょっと待て、ちょっと待て。
少女からの突然の告白に、俺は脳内で軽いパニックを起こしながらも、少しでも冷静になろうと、俺は少女に質問した。
「お、俺のどこに惚れたんだ?」
俺からの質問に、少女は待ってました、と言わんばかりに、嬉しそうに答えた。
「そりゃあ、男でも女でも、構わず殴るところだね。はっきり言って、痺れたね」
どこに痺れてるんだお前は、と心の中で俺は突っ込みを入れた。
「ちょっと待て、濱野なら俺も殴ったぞ」
大男が俺と少女の話を聞いて、しゃしゃり出て来た。わざわざ自分から名乗り出るような事じゃないと思うんだが。
「あぁ、あんたは顔がタイプじゃねえから」
少女は面倒臭そうに大男に言った。
「……そうか」
大男は寂しそうにそう言うと、ポケット両手を突っ込み、公園の出入り口の方へゆっくりと歩いて行く。大男は公園の出入り口付近に停めてあった一台の自転車に跨ると、一度だけ振り返り、
「桐生、またな」と、なぜか俺にだけ別れを告げた。
またな?
「…私も帰る」
濱野もふらふらと頭を抱えながら公園から出て行った。
「あ、返事は?」
思い出したように少女は俺に告白の返事を要求してきた。
「丁重にお断り致します」
「へぇ、分かった」
意外にも物分かりが良いのか、少女は当然のように俺の言葉を受け入れたようだった。
少女は暫く黙っていたが、暫くすると、俺に向かって人差し指をぴんと立てると、少女は俺に宣言してきた。
「あ、これからあんたのことストーキングするんで宜しく」
ストーキングされると言えども、ここまではっきりと宣言されると、清々しい。
「あ、こちらこそ」
俺は軽く会釈した。