第1話:桜
「――すぅ、すぅ」
桜が咲き乱れるこの季節。俺は、一人学校のグラウンドの片隅で寝息を立てていた。
ひゅるり、一陣の風がそっと俺の頬を撫でるように吹き抜け、俺の意識を呼び覚ます。その風が、可憐に咲き誇る桜の花びらを咲いていた木の枝から奪い去り、ひらひらと優雅に踊る。
「ほんと、馬鹿みたいに綺麗だな」
何故か自慢気に見えたその光景に、俺は呆れたように素直な感想を漏らした。
「へぇ、馬鹿にはこんなに美しい桜も、馬鹿に見えてしまうんだな」
すると、俺の事を桜の木に隠れて見ていた一人の男が前髪を掻き上げながら俺に話掛けてきた。
「全く、これだから馬鹿は…」やれやれ、と男は溜め息をつく。
「知ってるか?亜田原。馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ」
「お前は小学生か」けらけらと亜田原が笑い、俺の隣に腰を下ろした。
こいつは亜田原和樹。俺とこいつは、家が隣同士ということもあり、 お互いに小さい頃から親ぐるみの付き合いをしてきていたので、気が付けば親友と呼んでもおかしくない関係にまで発展していた。俗に言う腐れ縁ってやつである。
まぁ、何だかんだ言ってもこいつは、ナルシストで女好きな所を除けば、意外と良いやつであるから、嫌いではない。
「そうだ、辰巳。お前に渡せって言われてる物があったんだ」思い出したように亜田原はそう言うと、鞄の中をごそごそと弄り、二通の手紙らしきものを取り出し、俺に差し出す。
「なんだ?今時ラブレターか?」
「いやー、校門の前でお前を大声出して探してる親切そうな男がいてよ、話を聞いてみたら、お前に手紙を渡したいって」
「で、もう一通は?」
「親切そうな男と話終わった後、お前に渡してほしいって女の子が無理矢理渡してきた」
亜田原がやれやれという顔をしながら二通目の説明をした。
「さて、見ようぜ」
亜田原が俺に宛てられた手紙を俺から奪い、封を破いた。
「…何故お前が開ける」
俺が開けるべきだろ、普通に考えて。
「気にすんな、おっと、これは随分と気合い入ってんな」
どれどれ、と俺は亜田原が広げた手紙を覗きこんだ。
『――果たし状。
桐生 辰巳に告ぐ。午後五時にて東公園にて待つ。決して逃げることのないように。』
と荒々しく筆で書いてあった。
「…すごい気合いだな」
何というか、気合いが入り過ぎて、字だけである程度見た目が想像できる。きっと、馬鹿でかい柔道家のような男に違いない。
「おい、辰巳。面白い事になったぞ」
亜田原が、勝手に開封して見ていた二通目を、腹を抱えて笑いながら俺に渡してきた。その手紙には、綺麗な細い字で、こう書いてあった。
『――桐生 辰巳様
午後五時に、東公園で待ってます。来てくれると嬉しいです。』
どうやら、かなり面白い事になってしまったみたいだ。