インプラント(歯にあらず)
「ちょっと貸せ!」
俺は高原から、フクロウの目を拡大したしょーもない用紙を引ったくり、改めて自分で見た。
こんなの平気さ、ははっ――というつもりで見たのだが……う……駄目だ、なんか目を逸らしてしまう。
正直、確かに得体の知れない恐怖がじわじわと。
「冗談はまあ置いてだ」
高原が真面目な顔で述べた。
「おまえ、本気で同行した方がいいな。あまりにも典型例に当て嵌まるし、こうなるとインプラントの可能性もあるぞ」
「インプラント? 歯科治療の」
「違う!」
うお、断言された。
「インプラントもまた、アブダクションケースに遭遇した被害者の典型例だ。身体のどこかに、極小のチップを埋め込まれりするらしい」
「なんのためにチップなんか?」
「そんなのわかるものか。ただ、埋め込まれた記憶があって、実際に身体の上からチップの存在を感じとれたりする奴は、妙な幻覚を見たり、さっきも言った特殊能力に目覚めたりするな」
「……えーっ」
「兄さんっ」
「な、なんだ!?」
可憐がふいに、俺の上半身に触れた。
「い、いきなりどうした?」
「どうせなら、いま調べておきましょうっ。無ければ、安心できるじゃないですかっ」
「し、調べるって、インプラントをかあ? おまえ、信用してんのかよ!?」
「……フクロウの目を恐れる理由、兄さんに説明できるんですか?」
「いや……そう言われると」
しかし、たまたま苦手という可能性も――なんて言い訳する暇もなく、可憐だけじゃなく、高原まで俺にベタベタ触りやがるし、膝の上の空美ちゃんまで手を伸ばすし。
「いや、空美ちゃん、別にそこまで――くっ、くすぐったい。あひゃひゃっ」
妙な笑い声が洩れたじゃないか!
空美ちゃんだけは、真面目にTシャツの上から探すのじゃなく、単にくすぐっていただけだった!
「ごめんなさぁい。おにいちゃんが、少し深刻そうだったから」
小さくちろっと舌を出す空美ちゃんである。
こんなの許すしかないだろうよ。
「まあ、いいけど……て、今度はなに」
「空美も、真剣に探してみるの」
と言いつつ、なぜか空美ちゃんは、小さな掌を俺の服の上に当て、目を閉じつつそっと動かしている。
そのやり方があまりに奇妙だったためか、高原と可憐はベタベタ触るのをやめ、空美ちゃんに注目していた。
ちょっと……あんまり自分の力を見せるようなやり方、よくないぞ……俺のためを思ってのことだろうけど。
「――あっ」
「な、なにっ」
空美ちゃんが声を上げたため、俺は飛び上がりそうになった。
膝の上に横座りした空美ちゃんは、俺の下腹あたりから掌を動かしていたんだが、首まで上がって来たところで、手を止めたのだ。
ちょうど、右肩の……首の付け根辺りである。
「なにかある……と思うの」
「えぇええええっ」
まさかの言葉に、さすがに俺も声を上げた。
「兄さん!」
「おい待て可憐、無茶するなっ。て、高原まで! やめろってぇえええ」
俺が喚くのを無視し、可憐と高原は問答無用で俺の上半身を裸に剥きやがった!
「まあ、首筋なら脱がす必要もなかったかもだが、一応な」
「なにが一応だ、死ねっ」
俺が喚くのを無視して、高原が「ここっ」と空美ちゃんの指差す部分を指で押す。割と力を入れてぐぐっと。
「……あっ」
「むむっ?」
「――そんなっ」
俺が異物を感じて唸るのと、高原と可憐の声が重なるのが同時だった。
高原は今や大真面目に指でぐりぐりと首の付け根を弄っている。
「感じるか? エロい意味じゃなくて」
「……おまえの冗談に脱力する元気もない」
実際に感じる、うん。
なにか……首筋の奥に、本当になにかある。
まさかと思う結果に、俺はかなり動揺していた。こりゃ……本当に高原に同行した方がいいのか。
そこに謎を解く鍵があるとは、限らないのにさ。