フクロウの瞳がこわい
「心当たりはない!」
俺は力強く言い切った。
その直後に、膝の上でじいっと見上げる空美ちゃんの瞳に気後れして、言い足す。
「仮にあったとしても、ここで話すわけないだろっ」
「なぜですか?」
不服そうに可憐が言いやがる。
「なぜもなにも……そんな力あったとしたら、秘密にするわそりゃ。いや、ないけどなっ。とにかく!」
可憐の追及が激しくなる前に、俺はささっと話を変えた。
「そんな話、本当にしてたのか? UFOは一度見たいと思ってたし、本当に見たなら覚えてると思うんだがなあ」
「ああ、おまえは実際、実に嬉しそうに何度も話してくれたぞ」
今度は高原が確信を持って言い切った。
おまけに、可憐まで追従する。
「そう、それに『俺の頭上数メートルのところまでUFOが下りて来たんだぜっ』と超自慢していましたよっ」
「空美も見たいっ」
「ま、マジか!」
瞳を輝かせる空美ちゃんと俺の声が重なる。
続けて高原が詳しく教えてくれたが、俺が目撃談を語りまくっていたのは、ちょうど去年の今頃であり、夏休みだったそうな。
特筆すべきは、俺は「頭上数メートルのところまでUFOがっ」と何度も告げたくせに、その後のことを、覚えていなかったそうである。
「俺としたことが迂闊だった」
教えてくれた後、高原は苦渋の表情で首を振った。
「UFOが当事者に最接近した後、その直後の記憶を失う……気付けば、一人でポカンと(誰がポカンとだっ)立っていた……これはまさに、アブダクションケースの典型例なのにな」
「そ、そのアブダクションケースってなんだよ?」
「おまえ、知らんのかっ」
高原は盛大に鼻を鳴らし、ブラックコーヒーが入ったカップを飲み干す。
「UFO関連の基本だぞっ」
「だから、意味を――」
「空美が知ってるわ」
ひそひそと空美ちゃんが囁く。
「え、マジっ。空美ちゃんも知ってるの!?」
「うんっ。UFOに誘拐されてね、いろいろされちゃうことなのよ」
「い、いろいろっ!?」
いろいろってなんだよっ。そこが一番大事じゃん!
俺のもどかしい顔を見て、大真面目に高原が言う。
「例えば、解剖とか……あるいは、エロいこととか」
「解剖されたら、死ぬだろっ。あと、エロいことってなんだよっ」
「え、えっちなことは置いて!」
潔癖な可憐が、慌てて介入した。
こいつも、日頃の苦手を忘れて、今や俺にくっついて座ってやがる。
こんな時じゃなきゃ、ちょっと良い気分だったのにな。
「アブダクションケースに遭遇した後は、その間の記憶がなかったり、あるいは後から人体になにか埋め込まれた形跡があるのが見つかったりとか、ひどく危ない話もありますよ……テレビのUFO特集番組で、そんなこと言ってましたっ」
「空美はむーで読んだのよっ」
ネタ元は、UFO特番とむーかいっ。
とはいえ、本気で心配そうに言われて、俺までマジになってきたじゃないか!
「そんなこと言われても、真剣に全く覚えてないんだし」
「よし、調査だ!」
ふいに右隣の高原が宣言した。
「まず軽く、ステップ1な」
ノートパソコンを出した鞄に手を入れ、今度はやたら素早く何かを取り出す。
随分とペラい紙だったが――
「ケージ、まずはこれを見ろっ」
「どわあっ」
それを見た俺は、確かに一瞬、深甚な恐怖に襲われた。
いやホント、深甚なんて言葉は滅多に使わないのに、それを使いたいくらい、背筋に寒気が走ったってことだ。
「な、なんだ、これっ!?」
なにか真っ黒な瞳の拡大写真であり、全景がわからない。
「たんなるフクロウの目……の拡大写真だ。これの一部を拡大したものな」
高原は他のコピー用紙を取り出し、種明かしをしてくれた。
……見れば、単なるでっかいフクロウである。さっきのは、その瞳の部分を切り取り、拡大したものらしい。
「なんでそんなの持ち歩くのさっ」
「参考資料に持ってきただけだが……おまえ、いよいよ怪しいぞ」
実験用マウスを観察する、研究者みたいな目で俺を見やがる。
「いいか、ケージ。アブダクションに遭遇した被害者はだな――」
思わせぶりに一拍置き、一気に告げた。
「ほぼ例外なく、なぜかフクロウの目やカラスの目を怖がるようになる! 正確には、白目すらない、黒一色の瞳なら、他の生き物でも同じだ。おまえがまさに、その典型例だ。ほれ、刮目して見ろおっ」
隠していた最初の用紙を、また俺にばばっと向けた。
例の、真っ黒なフクロウの目の拡大画像を!
「うわあっ」
嫌過ぎることに、かなり怖じ気付いた声が出た。
あと、こいつ性格悪すぎっ。