未来は確定していない
その夜、俺は夢を見た。
何度か経験した幽体離脱だか明晰夢とは、明らかに違う。
なぜなら、夢で話している俺が今の姿ではなく、明らかに少し成長した姿だったからだ。
いつの間にか大人になっている!?
例によって「いやこれ、現実だろっ」と思うような、総天然色の光景であり、しかも手触りとかの感触までリアルそのまんまだ。
とてもではないが、「単なるいつもの平和な夢です」とは思えなかった。
「おにいちゃん、痛くないですかぁ?」
ふんわりした声に誘われ、俺はふっと目を開ける。
今まで誰かに膝枕してもらってて、思わず眠りかけていたのだが、そんな俺を、優しい瞳の少女が見下ろしていた。
片手に耳かきの道具持ってるんで、ふざけたことに俺は、この子に膝枕で耳掃除してもらってたらしい。
……つか、この子だれ!?
部屋着なのかタンクトップみたいな薄着だったけど、見た瞬間、男なら誰もが「どこの天使だよ……」と息を呑むように綺麗な子なんである。
知り合いにこんな子は……いや、待て!?
もしかしてこの美人さんは、おそらく成長した――
「……空美ちゃん?」
一時的に俺の意識とリンクした、未来の俺が呟く。
「なぁに? ふいに昔の呼び方なんか――」
言いかけ、空美ちゃんがふと押し黙る。
幽霊疑惑の時に出会った頃から、この子の瞳はなんか違うと思ったものだが、今も大きな瞳を一杯に見開いて俺を見つめていた。
こっちの意識が吸い込まれそうになるような真っ黒な瞳が、視界一杯に広がる。
しばらくして、見下ろしていたアダルト空美ちゃんがふいにぐっと顔を寄せてきて、鼻と鼻が当たりそうになった。
「そこにいるの……昔のおにいちゃん?」
「え、ええっ!?」
な、なぜわかるっ。
やはりニュータイプだったか、空美ちゃんっ。
「多分ね、この未来は確定していないと思うのよ……なぜか今、空美はそう思ったの」
今の空美ちゃんとほとんど変わらない話し方で、俺に囁く。
うわぁ、なんかいい香りがしてやべー。
「でも、これだけは覚えておいて、おにいちゃん」
俺の戸惑いなど気にせず、空美ちゃんが懸命に言い募る。
「今の空美はとてもとても幸せなの……だからお願い、今見ているこの光景を、忘れないでね。そして、あやふやな未来をおにいちゃんが確かなものに――」
……残念ながら、そこまでだった。
既に信じ難い光景はブレていき、俺は急速に覚醒しつつあった。
だが、もちろん言わんとするところは伝わった。
多分、聡くて鋭くて――そして明らかに普通ではない力を持つ空美ちゃんは、あの一瞬、自分の膝の上にいた俺が、過去の俺だと気付いたらしい……俺自身ですら信じ難いのに。
そしてなんと、現実の高校生である、シケた俺が目を覚ました途端、本当に、女の子が俺を見つめているじゃないか!
つっても、今度は見慣れた妹の可憐だが!
「わ、わあっ」
アニメヒロインみたいな大きな瞳ではなく、クールな印象が強い切れ長の目が、俺をじっと見つめていて、思わずびびった!
慌てて跳ね起きようとして、可憐もまた仰け反るようにして避ける。
「あ、危ないじゃないですか!」
「おまえが文句言うなっ。人の寝顔覗き込んで、なんだよっ」
「い、いえ……もう遅いので起こしに来たら」
「……来たら?」
「なにかムニャムニャ緩んだ顔で呟いていたようなので、思わず気になって」
「人の寝言に、聞き耳立ててんなっ」
即座に言い返した後、俺はこそっと尋ねる。
「で、なんか呟いてたか、俺?」
「それが――妙なセリフでしたよ。『未来は確定していない』とかなんとか」
「み……未来は確定していない? ふ、ふぅん? 俺らしくナイネ」
いかん、語尾が棒読み口調だ。
「まだもう一つ」
「え、まだあんの?」
用心深く尋ねると、可憐はコクコク頷いた。
「また面倒ごとだ、と。確かにそう言いました」
「えぇーーーっ」
それはマジで、記憶にございません! ちゅーか、夢とリンクした寝言なら、もっと腑抜けた寝言を言いそうなんだがっ。
俺が首を傾げたその時、玄関のチャイムが鳴った。
『――っ!』
二人して息を呑み……そして、俺の代わりに、可憐が言った。
「面倒ごとって、これですか?」
「俺が知るかよっ」
思わず不機嫌な声が出たが、それも当然だろう。