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(EP5開始)地図には、存在しない場所

 短い時間だったが、モノホンの異世界に行ってしまうという得難い体験をした後、数日ほどは穏やかな日々が続いた。


 そりゃ毎日のようにあんな事件が続いたら、身が保たないしな。

 さすがに残りの夏休みはぼへーっと過ごせるだろう――と思いきや。


 迎えた八月十日、夏休みも後半に入ったその日、まず最初の承前とも言うべき、事件があった。

 いや、事件というか、俺と妹にとっては割とインパクトがある事件という意味だが。

 なぜか空美ちゃんの母親から電話があり、「ご相談があるんですが」などと、おずおずと言ってきたのだ。


 驚きはしたが、もちろん俺に断る理由はなく、「今から行きましょうか?」と答えたのだが、空美ちゃんママンは、「それでは失礼ですから……空美を連れて伺います」と言われる。

 了承して電話を切った後、「図書館に行きます」と言って外出しかけていた可憐が、いそいそと玄関から戻ってきた。


「……図書館は?」

「いえ、行きますけど……今のお電話は?」


 説明してやると、なぜか「やっぱり図書館は別の日に」なんて言い出し、俺と同じく、リビングで空美ちゃんママンを待つことになっちまった。

 ……というか、俺は名前すら覚えてないぞ、あの若く見えるママンの……名字が星野だっていうことは、知ってるが。


 今の空美ちゃんが、そっちの姓に戻っているからな。

 森崎空美改め、星野空美ちゃんだ。


 そして……家が近所のお陰か、特に待たされることもなく、空美ちゃんが母親と一緒に訪ねて来た。

 空美ちゃんはいつも通り――いや、いつもより遥かにニコニコと嬉しそうで、俺は密かにほっとした。まあ、悪い話でもないらしい。


 そして、キッチンのテーブルで菓子折をおごそかに差し出され、空美ちゃんの母親の相談とやらを聞いた。





 ……これがなんと、「夏休みの終わりまで、空美を預かってくれないでしょうか?」という話だった!


 この人は通訳の仕事をしているらしいが、いつも仕事を頼んでくれる顧客が海外へ出張するようで、「ぜひとも通訳として同行をお願いしたい」と望んできたらしい。


 期間は、かっきり八月の末まで。


 先方も空美ちゃんのことは知っていて、無理に夏休み内に日程が終わるよう、調整したとか。


「他人の樹さんにお願いできるようなことではありませんが、『留守番するのはいいけど、おにいちゃんのところへ行く』と空美が強く言うので……あの、もしご迷惑でしたら?」


 言いかけたその人に、もちろん俺は言ってあげたさ。


「いえいえ、全然構いませんよ。なあ、可憐」


 隣で地蔵さんみたいに固まっている妹に振ってやると、さすがのこいつも「え、ええ……も、もちろんです」と答えたね。


 まあ、声が引きつり、口元もぴくぴくしてたけど。


「わーい、おにいちゃんといっしょ!」


 俺的には、空美ちゃんが万歳して大喜びしてたし、大いに満足だったけどな。

 夏休みなんてすぐに過ぎちゃうし。

 あと、ママンが礼儀正しく生活費を渡そうとしたんだが、これは俺達兄妹が一致して断った。相手が空美ちゃんだし、それは水臭いだろうと。




 ただ、問題はこの後だ。

 相談が無事に終わり、明日から空美ちゃんが来ることになり、親子は一旦、帰宅しかけたのだが。

 空美ちゃんのママンは、気を遣って途中まで見送りに出た俺に、密かにこんな話をした。

 わざわざ公園で空美ちゃんを俺達から遠ざけ、俺だけに! 可憐は家に残ったので、この時は本当に二人だけだった。


「あの……空美が最近、うちで『将来は、おにいちゃんといっしょに暮らすことになったのよー』と嬉しそうに話すのですが、樹さんの方でなにかありましたか?」


 ひそひそと言われ、俺は唖然とした。

 え、なにそれ?


「いえ……全然覚えがないですが、なんでまた、空美ちゃんがそんな話を?」

「そうですか、やはりあの子の思い込みですか」


 苦笑して言われる。


「なぜか、『八畳間のおうちでいっしょに住むのよ』なんて、妙に具体的なことを言うものですから、もしやと思ったんですわ」



「ぐはっ」



 声に出たー!

 まさか、あの八畳間ネタを、そのままママンに伝えるとはっ。


「それに、あの子には毎日百円のお小遣いを渡していますけど、ここ数日は全く使わずに貯金箱に入れてますし」

「そ、それがなにか?」

 

 ビビりつつ訊くと、笑みを含んだ顔で言われた。


「本人に尋ねたら、『八畳間に住むためのシキキンを貯めるのよっ』と明言しましたわ。シキキンは敷金のことでしょうか」

「わあっ」


 またしても、声が出たっ。


 ヤバすぎるぜ、空美ちゃん。

 さすがに空美ちゃんのママンで、年齢の割に全然若く見える美人さんなんで、俺の焦りも半端ない。


 もちろん慌てて事情を説明し、俺の方は特にそんなつもりじゃなかったことを伝えたさ。しかし、逆にママンは、どこか複雑な表情だったな。


「そうなのですか……私は空美から樹さんの大活躍話をいつも聞かされていますので、まだまだ先の話ですが、そうなるのなら、それでもいいかもしれないと……そう思っていましたわ」


 思わせぶりなことを言いつつ、何かを期待するように俺を見るママンである。

 ていうか、その「今の発言は冗談ですわな? それとも、なにか深い意味がっ」と思わせるような言い方、やめて。


 あと、香水の香りとかして、大人の女性を意識するし。

 空美ちゃんが激烈可愛いのは、明らかに血筋だよなあ。

 

 それは置いて……とりあえず寿命が縮まるようなこんなサプライズがあったものの――。

 夏休みの終わりまでは、空美ちゃんがうちに来ることに決まったわけだ。

 ただ、これはあくまでこの後に起こる事件の、前振りだったけどな。


 この時点でタイミングよく同居が決まったからこそ、幸か不幸か、空美ちゃんも後の事件に一緒に巻き込まれてしまったわけだ。



 そう考えると、運命の悪戯ってヤツかもしれないな。



サブタイトルは今回に限り、エピソード開始の章タイトル的なもので、更新内容と一致しません。

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