故郷にはいない人(EP4終わり)
俯いて考え、俺は息を吐く。
やっぱり……無理だ……無理だよ、それは。
「ごめん」
素直に頭を下げた。
「俺一人だったら、残ってもいいかもしれないけど、出張ばかりの叔父さんもいるし、妹もいる。それに、空美ちゃんのこともまだ心配だ……絵里香ちゃんと残るのは無理だと思うよ」
「でもっ」
俺の返事に対して、明らかに絵里香ちゃんは懸命に反論しようとした。
しかし……俺の目を見て、心変わりすることはないと悟ったようだ。手を握ったまま、大きなため息をついた。
「そうなの……無理は言えないわね」
寂しそうな声でそう述べると、「あぁああ、あたしがヤンデレとかだったら、よかったのに」などと言う。
「な、なんでまた、ヤンデレ?」
「そういう人だったら、ケージ君の都合なんか考えず、このまま抱き上げて逃げるもの……あたしの世界に」
「なるほど」
いや、感心してる場合じゃないけど。
ヤンデレ版の絵里香ちゃんなら、その行動力からして、本当にそうするかもしれない。俺がそこまで好かれてるとは、まだ信じられないけど……数字は嘘みたいに高いものな。
「ごめん」
本当に申し訳なくて、俺はまた低頭してしまう。
「力になれなくてごめん」
「……謝らないでよ」
絵里香ちゃんが、一瞬泣き笑いの顔を見せたところで、神父さんが近付いてきた。
「そろそろ……いいかな?」
彼女に優しく声をかけた後、俺を――そして、離れて立つ妹や空美ちゃんを見た。
「この子によくしてくれて、礼を言う。君達のお陰で、見知らぬ世界でもそう辛い生活じゃなかったようだしね」
「辛いこともあったけど、ケージ君と一緒にいる時は幸せだったんですよ」
ぽつっと絵里香ちゃんが答え、ふいに俺を抱き締める。
「あぁああああっ」
「ずるいと思うのっ」
むう、聞き慣れた可憐の悲鳴のような声に加え、なぜか空美ちゃんまで声が出てた気が。
「あたしのこと、忘れないでね?」
「……忘れるなんて不可能だろ? 絵里香ちゃんみたいな子を」
俺は苦笑して、身を離した絵里香ちゃんに言ってやった。
それが――多分最後の挨拶だったのか、あとは絵里香ちゃんが可憐達に短く別れの言葉を述べ……俺達は何度も振り返りながら、その場を後にした。
俺は里親さん達への伝言を預かったが、歩きながら、本当にこれでいいのかと迷う気持ちがあった。
「残りたそうな顔ですね?」
可憐がひそひそと声をかけてきた。
丁度、洞窟の入り口を入ったところだった。
「残りたいというか、俺は絵里香ちゃんが心配なんだよ。母親が亡くなったそうだし、もう身内もいないだろうに……大丈夫かな」
ああくそっ、俺までもらい泣きしそうだ、くそっ。
普段、とうに両親が亡くなったことについては、考えないようにしてるからなあ。
早いうちから親がいないってのは、なかなか辛いことなのだ。
「そう……ですね。わたしには、兄さんがいますもの」
「いや、叔父さんもいるだろ」
まあ、ほとんど家に帰らないけど。
「空美にも、まだママもおにいちゃんもいるのよ……」
俺と同じくらいの頻度で何度も振り返っていた、空美ちゃんが呟く。
なぜか可憐が不満そうに空美ちゃんを見ていたが、口に出してはなにも言わなかった。あと、もう振り向いても洞窟の入り口が見えなくなってしまった。
「寂しいなあ」
思わず口に出してしまうと、可憐が「わ、わたしがいるじゃないですかあっ」と珍しく慰めるように言ってくれた。
腕まで組んでくれたりしてな。
いつも、俺に触るのは苦手だと言うくせに。
だが、そこで俺は背後から音がすることに気付く。
「ま、まさか今更、モンスターとかかっ」
「嘘でしょう!? だって、まだ戻り始めたばかりじゃないですかっ。さっきまで外でしたし!」
「だよなあ……傭兵の仕返しとかいう線でもないだろうし」
「絵里香さんっ」
空美ちゃんが急に叫んだ。
目は今歩いて来た道の向こうを見ているが、少なくとも俺にはなにも見えない。
「え、ええーーっ!? 本当ですかっ」
「マジでぇ?」
可憐の驚きの声と、俺の期待に充ち満ちた声が同時だった。
そして、俺達が見守るうちに、ついに駆け足の相手が姿を見せた。
期待していた通り……というか、きちんと確認が済まないうちに、視界を銀糸のような髪が舞うのが見え、そして俺がかろうじて広げた腕の中に、絵里香ちゃんが飛び込んで来たっ。
「うわ、うわっ」
「こ、故郷に帰る話はっ」
「お帰りなさいなのーっ」
約一名、微かに不満そうな言い方をする奴もいたが……少なくとも俺はむちゃくちゃ嬉しかった。
「戻ってくれたんだ!?」
「だって」
肩を震わせる絵里香ちゃんが、小声で言う。
「ケージ君の姿が見えなくなった途端、もうどうしょうもなく切なくなって……コレが最後だなんて、とても受け入れられないわって」
充血した目で一瞬だけ俺を見て、すぐにまたキツく抱き締めてくる。
「あそこは懐かしい場所だけど……でも、ケージ君がいないんじゃ、意味ないわ」
「えーーーーっ。なんですか、それ!」
「なんか、すっごく複雑な気分なのっ」
絵里香ちゃんが戻ったことで、すっかり気が抜けてヘラヘラ笑う俺を見て、二重奏で非難が来た。だが俺は、今この瞬間だけは、幸せ一杯だった。
帰宅してから可憐の膨れっ面を見る羽目になるかもしれないが、この時ばかりは。
「……お帰り、絵里香ちゃん」
抱き合ったまま耳元で囁くと、絵里香ちゃんが微かに笑う気配があった。
『責任はとってもらうわよ、ケージくん?』
ごくごく小さな囁き声で、そんなことを言われた気がする。
ひどく懐かしいセリフで、俺は柄にもなくしんみりした。……赤い糸も、しっかり繋がったままだしな。
こうして、短い冒険は終わり、俺達は元の世界へ戻った。
……この日以来、絵里香ちゃんはかつていた故郷のことを、以前ほど口にしなくなった。
多分、心のどこかで吹っ切れたのだろうと思う。
というわけで、エピソード4の終わりです。
別にこれで全部終わりなわけはなく、何事もなかったように、続きにいきます。
その気になればで結構ですので、気が向いたら、評価などよろしくお願いします。