正直、俺も絵里香ちゃんと一緒にいたいんだが
危険がまだ去ったとは限らないものの、一息つけそうだと思うと、早速俺は周囲が気になった。なにしろ、異世界らしいからな、ここは。
この洞窟は、どうも崖の中腹というとんでもない場所にあるらしく、今いるここは、洞窟前に張り出した、天然のバルコニーみたいな場所である。
どうやって連中がここへ来たかは謎だが、きょろきょろしていたらわかった。
洞窟のそばに金属棒みたいなのがあって、そこにロープを結んである。連中はこれに掴まって上がって来たようだ。
支柱となっている柱はかなり古いものらしく、あちこち錆が浮いていた。
「おにいちゃん、あっち!」
「なに? て、うわあ」
「都市……いえ、街がっ」
未だにコアラみたいに俺の胸に抱かれていた空美ちゃんが、ふいにあらぬ方を指差した。
俺はもちろん、何か俺に文句言いかけていた可憐まで、思わず声が洩れた。
まあ、ちょっとした森の向こうに、世界遺産で見るようなオレンジ色の屋根をした木造の建物群が見えるだけなんだが――。
その中心に、一際豪華な教会が見える。
それこそ、周囲の比ではないようなデカさだし、こればかりは石造りである。ドーム型の聖堂みたいな建造物も敷地内にあり、他を圧倒している。
「こりゃ、宗教がかなり力を持った世界らしいなあ」
「神さまにも会える?」
「そ、それはどうだろう……」
空美ちゃんの真剣な質問に答えたところで、絵里香ちゃんに呼ばれた。
「ケージ君……ちょっと、内密にいいかしら?」
連中から離れた絵里香ちゃんが、なぜか気落ちした様子で俺を見ている。
俺はそっと空美ちゃんを下ろし、可憐に頼んでおいた。
「少しの間、頼むな」
駆け足で絵里香ちゃんの元へ行くと、本当に泣いた跡が目元にあった。
俺が黙って見つめると、「……なんでもないの。神父さんから、お母さんがもう亡くなってるって聞いたから」と絵里香ちゃんが首を振った。
「……そうなんだ」
俺まで気落ちして、肩を落とした。
故郷には母が残っているから――以前、何度か絵里香ちゃんからそう聞かされた。でも、日本に迷い込んでいる間に、亡くなってたのか。
自分の母親が亡くなった時のことを思い出して、俺まで泣きそうになったほどだ。
俺の様子を見て、また涙が込み上げたのか、絵里香ちゃんはハンカチで乱暴に目元を拭った。
「そ、それでね……あたしは今、決めないといけない。ここへ残るか、それとも……再びケージ君の世界へ戻るか」
――ええっ!?
「気軽に行き来はできないのかい?」
驚いて尋ねると、絵里香ちゃんはゆっくりと首を振る。
「神父さん、わざわざ魔法でこの洞窟を塞ぎに来たらしいの。これまでも誰かがかけた古い結界魔法が機能してはいたんだけど。完全じゃないから、異邦人が迷い込む事故も多いし、こちらから入り込むあたしみたいな例もあるしで、新たに結界魔法をかけ直して、間違っても誰かが迷い込めないようにするって」
「あの傭兵っぽい連中は?」
「彼らは、先日追放された罪人や、魔獣なんかがまだ洞窟内にいた場合を考えて、護衛として連れてきたんだって」
「そういうことか」
罪人ってのは、おそらく新聞に載った鎧の人だろうな……しかし、それにしても、絵里香ちゃんと逢えなくなってしまう可能性があるのか。
俺が密かに動揺してしると、絵里香ちゃんがじっと俺を見つめ、手を握った。
「……あたしと一緒に、この世界に残ってくれない?」
「お、俺っ!?」
いつになく、激しく何度も絵里香ちゃんが頷く。
「お母さんはもういないけど、ここがあたしの故郷であることに変わりはないわ。だから……本来なら、あたしは残るべきだろうと思う。迷いがあるとしたら、それはケージ君の存在なの。前にも言ったけど、あたし、ケージ君のこと好きよ……だから」
その先は言わず、絵里香ちゃんは懇願するような目で俺を見つめる。
かつて、一度も見た記憶がない、懸命な瞳だった。
……正直、俺も絵里香ちゃんと一緒にいたいんだが。