信じ難いことに、剣とか槍とか、そんな物騒なファンタジー武器をっ
「逃げなくていいんですかっ」
可憐が真っ当な意見を述べたし、もはや足音まで聞こえはじめている。
しかし、可憐が口走った直後くらいにその足音が止まり……しばらくして、明らかに逆方向に遠ざかって行った。
「なんだ? 向こうが逃げてくれた?」
「そうかも」
まだ用心深く立ち止まったまま、絵里香ちゃんが呟く。
「あたしは元々、小さい頃に言語魔法をかけてもらったから、意志の疎通に問題ないけど、別にそういう人ばかりじゃないでしょうし。妙な言葉(日本語か?)を聞いて、焦ったのかも」
「ま、魔法!?」
「わー、魔法なのねー!」
初耳だった可憐と空美ちゃんはいたく驚いていたが、前にそんな話を聞いていたとはいえ、俺も改めて聞くまで忘れてたなあ。
「それより……変ね?」
絵里香ちゃんが眉をひそめる。
「この洞窟って、教会から立ち入り禁止区域に指定されてるし、大昔には罪人の流刑地でもあったそうなのに、そんな頻繁に入ってくる物好きがいるはずないんだけど」
俺達が呆れて見つめているのに気付き、絵里香ちゃんは言い訳のように付け足した。
「ほら、あたしの世界の人達って想像以上に――そう、いわゆる験を担ぐのよ。だから、そんな縁起でもないところ、頼まれても入らないってこと」
「いや、俺達が疑問だったのはそこじゃなくて」
さすがに俺も苦笑した。
「そんな場所に、当時、なんで絵里香ちゃんは入ったのかなって」
「だって」
逆に絵里香ちゃんの方が俺を見て、悪戯っぽく笑った。
「異世界へ通じる洞窟だなんて聞いて、即座に探検にきたケージ君と、根幹の理由は同じじゃないかしらね。あたしの世界にも、そんな噂がちらっとあったもの。だから好奇心で入っちゃったのよ」
「な、なるほど」
それならわかる、うん。
……しばらく用心して様子を窺ったものの、以後は全然気配も足音もせず、俺達は再び歩みを再開した。
絵里香ちゃんによれば、「もうすぐ出口のはずよ」ということらしく、実際、さらに数分ほど歩くと、少し先に光が見えた。
どうも俺達の世界とは時間のズレがあるらしく、ここはまだ朝方くらいか?
普通なら不安に思うところが、帰り道は背後にあるので、まだ俺を含めて誰もさほどの危機感は持っていないらしい。
その証拠に、出口が見えた途端、みんな早足になった。
「異世界へ行けるなんて、すごいねえっ。見たい見たいっ」
一番正直なのは空美ちゃんで、ついに駆け足になり、先頭切って走り始めた。
「あー、さすがに危ないよ。ほら、一緒に行こう!」
俺もついでに駆け足になり、途中で空美ちゃんを抱き上げてから――いきなり、猛ダッシュしてやった。
「ふはは、異世界一番乗りは俺達がもらった! この(目測)二十メートルはさほどの距離ではないが、人類史に残る、偉大な二十メートルであるっ」
……なんて、すっかりその気になっちまってな。
すぐ調子に乗るのが、俺の悪いところだ……直す気ないけど。
当然、俺がダッシュしたことで、可憐も「なにかというと抱き上げないでくださいっ」と方向違いの非難をして追っかけてきたし、絵里香ちゃんも「あたしの故郷なんだから、あたしが先よっ」と楽しそうに声に出し、同じく走り出す。
ちなみに、ほっそいモデル体型のくせに、可憐と絵里香ちゃんの速いこと、速いこと!
卑怯な「いきなりダッシュ」で、だいぶ距離を稼いでいたのに、たちまちその差が詰まってきた。なんて規格外の女の子達だ、くそっ。
「――こ、ここまで来て、今更、一番乗りは譲れんっ」
「譲れんですのっ」
俺と……それから遅れて空美ちゃんが笑顔で叫び、ころころと笑う。
そして、俺達の気合いが功を奏し、わずか十センチ程度の差に過ぎないが、ついに先頭切って外へ飛び出した。
「よっしゃああっ――て、えええええっ」
歓喜の叫びが、後半で完全に驚愕の叫びへと変化した。
危ない! 殺されるかと思って、びびったっ。
というのも、外へ飛び出した瞬間、左右から人の群れがさっと詰め寄ってきて、一斉に危ないブツを向けてきたのだ。
信じ難いことに、剣とか槍とか、そんな物騒なファンタジー武器をっ。
まだ日本で遊んでいる気分でいた俺は、たちまち冷や汗が出た! ヤバい、これはどう考えてもヤバいっ。
待ち伏せされてたってことだよな、これっ。
俺は空美ちゃんを抱き締めつつ、背筋に冷たいものが走った。
書きかけで死蔵してたのを、アップしてます。
「かつてのヒーローは、とてつもなく働きたくない」
というタイトルですね。
お試し版ですが、よろしければ。
今夜、もう一度そっちをアップします。