これなら見学できるぞっ
散々悩んだが、さすがに「よしっ、密林で注文するか、秋葉原のその手の店へ行って、隠しカメラ幾つか買うかっ」というのは、さすがに決断しかねた。
日記を読むのがアリなら、隠しカメラもアリじゃないか? という理屈は、さすがに通じない気がする。だいたい本来は、日記読むのもナシに決まってるしな。
これが隠しカメラとなると、もはや論外だろう。
しかし……なんというかこう……諦め切れないものがあった。
このもやもやの正体を俺なりに集約すれば、「あ、あいつがそんなことしている場面、超見たいっ。見せろぉぉお!」ということだろう。むしろ、98%くらいの理由がそれだ。
我ながら、煩悩全開である。
実のところ俺は、妹のやっている「いけない楽しみ」とやらが、俺が想像するそのまんまだとしても、驚きはすれど、軽蔑などしない。
許されるなら、「ははは、気にするな可憐。みんなやってるぞお!」と肩を叩いて安心させてやりたいほどだ。
「しかし……待てよ」
俺はふと思った。
まあ、カメラの件は置いても、例えば普段は寝ている時間に起き出し、こそっと妹の部屋のドアを薄目に開いて覗くのとはどうか。同じ覗きでも、だいぶ犯罪色が薄れるような。
それに、こうは考えられないだろうか?
仮に俺が、あいつの部屋のドアを薄目に開いて覗く→妹のそんな場面を見てしまったが、向こうは俺に気付かなかった――こう考えてみよう。
するとどうだ!
妹は別にショックを受けたりしないし、俺は見たい場面が見られて嬉しい。
兄妹揃って幸せで、これぞお互いにwinwinの関係というヤツではないのか!?
思わず、「よし、今宵は徹夜だなっ」と決断しかけ、俺は我に返った。
「いやいやいやっ。それはなんか違う気がするっ。典型的な盗撮犯罪者の考え方だろ!」
だいたい、妹になんのメリットもないしな。見られて興奮するタチでもなさそうだし。
結局、どんな抜け道を探そうと、全うな手段で見ることは叶わないみたいだ。
そんな手段存在しないんだから、当たり前だが。
「うわぁ……このがっかり感、半端ないな」
いや、AVとかでここで諦める展開になったら、怒りのあまり、ディスクを叩き割っても不思議ではあるまい。
ぐぬぬっと思いつつ、俺は渋々日記を閉じ、プラスチックケースに収めて元通りの場所に戻そうとした。
だが――ここで、計算外のことが起こった。
なまじハシゴの上で足をかけたまま長考した上に、完全に上の空で動いたものだから、さらに上がろうとして、ものの見事に段から足を踏み外したのだ。
「ま、まずいっ」
声に出した瞬間、なぜか大の字の姿勢で落下し、ベシャッと背中から落ちた。
「ぐはっ」
受け身も取れずに、痛みに呻く。
さらにだ、戻す途中だった日記のケースが穴の縁でバランスを崩し、タイミングよく落下したらしい。らしいというのは、そのことに気付いたのが、俺の額にモロに日記が直撃した後だったからだ。
「いってぇえええっ」
背中から落ちた時より、額に日記が当たった方が痛かった。
この日記、ノートみたいなタイプじゃなくて、見た目はハードカバーみたいな立派なヤツなので。しかも、専用ケース付きだしな。
有り得ないことだが、潔癖な性格である妹の、怒りの鉄拳が炸裂したかと思ったほどだ。
「ぐぐぐ……自分だってナニを嗜むくせに、この仕打ちはないぞっ」
妹の「いけない楽しみ」がすっかりそれだと決めつけている俺は、本気で憤っていた。おまえだってもう汚れているくせに、覗き見を我慢した俺を責めるのかっ、みたいな。
俺はしばらく大の字のまま、理不尽な怒りを胸に、風呂場の床で痛みが収まるのを待つ。
ようやく不満たらたらで上半身を起こそうとした……しかし、思ったより直撃が堪えたらしく、すぐに動かない。金縛りにあったように、身体が自由にならなくなっていた。
「う、うそ……だろっ」
わあ、発声まで妙に抵抗感があるっ。
さすがにビビり、おれは「えいやっ」とばかりに意地でも身を起こそうとした。
すると――。
「……あれ?」
なにか、ふわふわした妙な感覚に支配され、俺は周囲を見た。
別になんの問題も――いや待てっ。
上半身を起こした状態で、試しに背後を振り返った俺は、ぽかんとした顔の俺が、日記片手にまだ床に倒れているのを見て、戦慄した。
「ななっ」
焦りまくって自分の身体をよくよく確かめれば、今動いているのは、腰から分離したもう一人の俺だった!
「ま、まさかの幽体離脱っ」
マジで、思わず声が出たね。なぜか、声が反響しなかったけど。
しかも、いの一番に思いついたのが「これなら見学できるぞっ」だったしな。
……そんな場合じゃないだろうに。
(ちなみに、次の瞬間に二つの身体は元通りシュバッと重なり、俺は元に戻った。抜けたままじゃなくて、良かった!)