前方からなにか来るわっ
普通なら、そのうち壁に当たるはずだし、俺もそれは覚悟していた。
しかし、空美ちゃんが俺と繋いだ手にきゅっと力を入れたことで、なんとなく、「あ、今は少なくとも、見えていた壁部分を通っている?」とわかってしまった。
いま目を開けるとどうなっているのか気になったが、俺は断固として我慢した。
目を開いた途端、岩の中で身動きが取れなくなったら、笑えない。
しかし問題の石壁というか岩壁部分は、さほどの厚みではなかったらしい。
そのうちふっと、明らかについさっきより身体が軽くなった気がして、俺は念のためにさらにもう少し進んでから、目を開けた。
「――おぉお、こりゃ気付かないはずだわー」
いきなり、目の前が開けていた。
いや、地下の通路なのは変わらないだろうけど、なぜかダンジョンみたいになっている。言い方を変えると、ゲームで見るようなプチ通路風のダンジョンだ。
「わあ、やったね!」
「ええっ、これは一体――」
「戻ったわ!」
俺が懐中電灯であちこち照らしている間に、空美ちゃんと可憐と……そして、一際大きい絵里香ちゃんの声が響いた。
「兄さんっ、後ろがっ」
「どうした!?」
驚いたような可憐の声に、俺も慌てて振り向く。
実際、これはびびるだろう……なぜか、岩盤層というか、岩壁が消えている!?
「おいおいっ」
「待って!」
様子を見に戻ろうとした俺を、絵里香ちゃんが引き留めた。
「懐中電灯で照らして見て? ほら、さっきまでの広場が見えるでしょう?」
「む……確かに!
なんだか途中でもやもやした影があるが、その向こうは今まで俺達がいた場所だ。
ということは、このもやもや部分が、岩壁に当たるのか?
「来る時も、あの薄暗い部分は見たわ。本当にあたし、戻ってこられたみたい」
「どうやら、俺達の世界へ行く方向へ進む場合は、なぜか岩壁みたいな部分がちゃんと見えず、抜けてしまうと、今度はきっちり背後に岩壁が立ち塞がる……そういうからくりかな?」
「多分……そして、目を閉じずに無理に戻ろうとすると、もう戻れなくなる。普通の方法では、必ず岩が現実に邪魔をするから。それなのに、目を閉じると抜けられるというわけかしらね。それとも――」
絵里香ちゃんが俺を横目で見たが、まあ言わんとすることはわかる。
「いや、別に俺の力じゃなくて、多分、目を閉じれば誰でも抜けられる仕組みらしいよ。誰が構築した結界か知らないけど。むしろ、そのからくりを一番に見破った、空美ちゃんの手柄だな」
俺が空美ちゃんの頭を撫でてやると、この子は赤くなって首を振った。
「おにいちゃんが信じて試してくれたからよ。空美だけなら、そんなことしようと思わなかったもの」
「はははっ」
はにかむ空美ちゃんを見て和んだところで、可憐が俺の腕を引っ張った。
「兄さん! 本当にこれ、一体どういうことなんですっ」
「あー……そうか、こうなると説明するしかないな」
俺が息を吐くと、絵里香ちゃんが静かに後を引き取った。
「あたしが説明するわ……でも、歩きながらにしない? 懐中電灯の電池だって、いつまでも保たないし」
可憐を含めて反対意見は出ず、俺達はそのまま歩き出した。
背後の道がちゃんと見えている今は、帰還不可能というわけでもないだろうしな。
絵里香ちゃんはかいつまんで説明したが、もちろん聡い可憐は内容を完璧に理解しただろう。問題はそれを信じるかどうかだったが、たった今、有り得ない結界を見たせいか、今回の可憐は素直だった。
……いや、正確には素直じゃないな。
信じたのは信じたけど、膨れっ面になった。
「わたしだけに秘密にしなくてもいいじゃないですかー」
「そんな内容、吹聴するわけにもいかんだろう」
俺はさらっと言ってやった。
「ここへ来て、たまたま空美ちゃんもちょい前に知ったけど、本来これは、俺しか聞かされてなかったことなんだよ」
「本当よ、可憐ちゃん」
絵里香ちゃんが穏やかにフォローしてくれた。
「あたしは最近になるまで、他の誰にも洩らしたことないしね」
「そ、そうですか……それなら」
渋々可憐が納得しかけたところで、俺と空美ちゃんの声が重なった。
「――あっ」
「おにいちゃん!」
わずかに遅れて、絵里香ちゃんもっ。
「前方からなにか来るわっ」
ま、まさか、モンスターとかじゃないだろうな? 俺は内心で大いにたじろいだ。
自慢じゃないが、俺は懐中電灯と、あと多少の食料と飲み物しか持ってないぞ!