禁断の、お触り懐柔作戦
「それはそれとして」
話を変えるつもりか、ふいに絵里香ちゃんが尋ねた。
「そういえば、駅で電車来た時に可憐ちゃんに電話してたわよね? もうすぐ来るの?」
「あー、もうすぐというか、俺達がこの駅に着いた時、次の電車で来なかったら、先へ行くぞ? と言っておいた」
「……この駅までの電車って、二十分間隔で出てたわよ? 駅までそんなに近くなかったわよね、ケージ君の家は?」
目を丸くして絵里香ちゃんが言う。
「間に合うかしら」
「あいつはそれで間に合うんだよ、驚いたことに」
言ってるそばから、電車が到着する音がして、高架の駅ホームに一つ後の電車が止まった。ドアが開く音がして、一分もしないうちに可憐が階段を駆け下りてくるのが見えた。
「ほらね?」
肩をすくめている間に、もうここまで走ってくる。
「可憐ちゃん、お久しぶり!」
「こんにちはっ」
「あ……はい、こんにちは」
怒られるからなぁと思ったが、さすがに絵里香ちゃんと空美ちゃんが次々に挨拶する中では文句も言いにくいらしい。
自分も如才なく挨拶返したりして、相変わらず他人には礼儀正しい。
「兄さんっ」
あ、でもやっぱり怒られた。
「待ってって言ったのに、なんで逃げるんですか!」
小声で小言を述べた後、俺と空美ちゃんが手を繋いでいるのを見て、明らかに表情が動いた――気がするっ。
「まあまあ、最後はちゃんと連絡したろ? おまえをこの地球へ置いていくのは忍びないと思ってさ」
「ち、地球ってっ」
「そう、地球」
俺はすかさず可憐の華奢な肩に手を置く。
「さ、触っちゃだめぇっ」
小さく悲鳴を上げたが、無視!
ふはは! 最近、俺がべたっと触ると、可憐の小言やら文句が止まって、へな~っと気弱になるのを発見したのだ。
少なくとも、いつもよりしおらしくなる……感じがするっ。
それを早速利用する、あくどい俺である。
名付けて、「禁断の、お触り懐柔作戦」だ!
「今回はな、異世界へ飛んじゃう可能性があるから、おまえを置いていくわけにもいかんだろ」
「一体、なんの話です?」
詳しい説明などほとんど聞いてなかった可憐は、驚いたように目を丸くする。
そういや、こいつだけ探検するような格好じゃなく、薄いチュニック姿だ。まあ、ある意味で身軽か。
「事情は歩きながら話す。とりあえず、出発だ」
さりげなく、気安く肩を抱きつつ、歩き出す。
「あ、はい……」
すっかり大人しくなった可憐が、赤い顔して同じく歩き出した。
いやぁ、お触り作戦、効果あるなあ……調子に乗ると、後が怖いけど。
「い、異世界へ通じる洞窟……ですか? しかも、むーの記事?」
予想されたことだが、俺の説明を聞いた可憐の声は、半信半疑どころの騒ぎではなかった。
「まさか、信じたんですか、それ?」
「間違いなら間違いで、いいんだよ。ただの遊びなんだから」
俺はあっさり言い切る。
可憐には絵里香ちゃんの出自が異世界だなんて話してないんで、まるっと探検ということにしてある。
まあ、実際に探検のつもりもあるしな。
「ま、まあ……みんな楽しそうですし、いいんですけど……」
ちらちらと空美ちゃんと手を繋ぐ俺を気にしつつ、可憐が呟く。
しかしさすがに、道路を逸れて薄暗い森に入り、俺達が問題の斜面目指してどんどん登り出す頃には、危機感を覚えたらしい。
というより、新聞とニュースをきっちり見ているこいつは、この場所が人死にが出たところだと早速、看破したようだ。
「いいんですか、事件があったこんな場所に入っちゃって?」
「目的地に下りるためには、一旦、登る必要あるのさ。嫌なら、おまえは戻ってもいいぞ?」
「誰がっ」
……やはり、意地でもついてくるらしい。
途中で俺は空美ちゃんを抱き上げ、子供に無理な負担をかけないようにした。
「ありがとう、おにいちゃん!」
空美ちゃんもひしと首ったまにかじりついたりして。
「あーーっ」
「なんなら、おまえもおぶさるか?」
小さく声を上げて俺達を見た可憐に、言ってやる。
「い、いらないですよぅ。もうすぐそこが一番上ですし」
「……そうだな」
少し緊張して、俺は答えた。
あの上から、四~五分ほど下った場所に、木々に隠れているが、土が盛り上がった場所があって、そこが洞窟になっている。未だに、同じ場所にあるだろうか。
あったとして……奥はどうなっていることやら。
なんにせよ、もうすぐわかることだ。