ぜったい、空美も行くのおっ
「あっちは洞窟じゃないけど、なんだかレベル3を思い出すなあ」
俺は腰の辺りにしがみつく空美ちゃんの頭を撫でてあげながら、照れ隠しに呟いた。
レベル3というのは、ジャック・フィニィという人が書いた本当に短い短編で、俺のお気に入りである。行きつけの地下鉄の駅に、あるはずのない地下三階への道を見つけ、過去の世界へ迷い込むという……まあ、今となっては古典的な物語だ。
アレは異世界物じゃなくて、タイムスリップものかもしれないが。
「空美、それ読んだよ!」
「あたしもっ」
「おおっ」
二人共、読んでるしっ。
「でも多分、あの洞窟は過去世界じゃなくて、本気で異世界へ通じていたはず」
絵里香ちゃんが独り言のように言う。
「……少なくとも、あたしがこっちへ来た時にはね」
「危険はあるけどさ――」
俺は、未だにべたっと背中にくっついている絵里香ちゃんに言ってやった。
至近にある彼女の横顔が、郷愁に浸っているような表情に見えたし、知らん顔もできなかった。それに、一人では行かせたくない。
「でも、確かめに行こうか」
「いいの?」
絵里香ちゃんはようやく離れ、隣に立つ。
上目遣いの彼女に、強がってしまった。
「だ、大丈夫さ。俺には魔法の鍵もあるしな」
掌を広げて鍵を思い浮かべると、まさに魔法のごとく金属製の洒落たデザインの鍵が現れた。
そう、あの中世風の街へ強制転移する鍵は、俺が望めばいつでも掌に出てくるらしい。さすがに疑り深い俺も、「世の中には魔法ってあるのなぁ」と信じざるを得ない。
「すごいすごいっ」
空美ちゃんが大きな瞳を輝かせてはしゃぎ、絵里香ちゃんが口元に手をやる。
彼女ですら、驚いたらしい。
「ほんものの魔法なのねえっ。空美、その鍵を使うところ、見たいなあっ」
「賛成だわ! 見たい見たいっ」
「い、いやいや……使うと、マジで嘘っこ抜きで、あの街へ転移しちゃうんで」
既に試したことは伏せて、俺は慌てて説明した。
前にもちょろっと説明したけどな。
仮にあの街へ強制転移されても、あそこからなら戻ってこられる! もちろん、異世界へ飛ばされても、この鍵が通用するかどうかは未知数だが。
俺は掌を閉じ、切り札の鍵を消した。
あと、考えることは同じと見え、俺と絵里香ちゃんが同時に空美ちゃんを見やる。
聡い空美ちゃんはたちまち察したようで、「ぜったい、空美も行くのおっ」と声に出し、一層、俺にしがみついてきた。
これは……置いていくのも無理っぽいかも。
それと、万一を考えて、あいつにも電話しておくか。
というわけで、にわか探検隊の俺達三名は、一応懐中電灯などを絵里香ちゃんの部屋から持ち出し、問題の洞窟へ向かうこととなった。
あの「むー」の記事見て探検とか、正気かよと思わくもないが、しかし死体が発見されたのは、マジだしさ。
早くも一時間後には、もう問題の斜面が近い駅に降りていた。
「空美ちゃん、門限とか大丈夫?」
遅くはならないと思うが、今更のように尋ねてみた。
「ママはね、空美がおにいちゃんのところへ遊びに行くって言ったら、『それなら少しくらい遅くなってもいいけど、おにいちゃんのそばから離れちゃだめよ』って言ってくれたのよ。おにいちゃん、ママのお気に入りだから、大丈夫なのっ」
「へ、へえ……」
あの母親さんが好意的なのは、俺が空美ちゃんを助けたと思ってるからかな? 他の連中もいたのに。
あと、空美ちゃんがまた当たり前のように手を握ってくるので、なんか意識するぞ。
まさかこの子を巻き添えにして異世界へ飛ぶわけにもいかないので、俺の責任は重大だ。
「おろ? 絵里香ちゃんは?」
「あそこ!」
空美ちゃんが指差す方に、いつの間に離れたのか、絵里香ちゃんがいた。
大人しそうな高校生男子に、身振り手振りで話している。
訊かれたそいつは、ほとんど直立気を付け状態で答えていた。
「ありがとう!」
最後に爽やかに礼を述べ、絵里香ちゃんが駆け足で戻って来た。高校生の方は、絵里香ちゃんをポカンと見送ってたりして。気持ちはわかるが。
「なにか訊いてた?」
「ええ。地元の子みたいだし、戦士風の死体のことで、なにか知らないかと」
「それで!?」
俺と空美ちゃんが大注目すると、絵里香ちゃんが困ったように苦笑した。
「噂では、どうも自殺らしいわね。自分の持ってた剣で――」
絵里香ちゃんが喉元に人差し指を持ってきて、すっと横へ引く。
いやぁ……俺も空美ちゃんも静まり返ったね!
要するに、彼はこっちへ出て来たものの……元の世界へ戻ることはできなかった。だから、絶望してってパターンじゃなかろうか、それ。
本当に俺の予想通りなら、幸先悪いどころじゃないぞ。