異世界へ通じる道?(洞窟アゲイン)
「なにか楽しい話?」
「うわっ」
いつの間にか足音も立てずに絵里香ちゃんがテーブルまで来ていて、俺はびびった。
元は戦士のせいか、気配がほとんどしないので始末が悪い。
「いや、ケーキが美味しいって話」
きらきらした、サテン地のバスローブ姿の絵里香ちゃんに、さりげなく言い訳する。
長い銀髪をバスタオルで拭っている途中のせいか、なんだかよい香りがする。
「話と言えばねぇ、あたしもケージ君に話があったのよ」
ふいに声が真剣になり、絵里香ちゃんはバスタオルを椅子にかけると、帯に挟んでいた雑誌を見せた。
「あ、ちょーじょー現象の専門誌だねっ」
俺より先に、空美ちゃんが反応した。
実際、俺も名前は聞いたことがあるのだが、いかんせん、普段読んでないので、あまり内容については詳しくない。
「えー、『むー』だっけ? これ、昔からあるよな」
せいぜい、息が長い雑誌であることしか、知らないのだった。
「そうそう。別にあたし、普段から読んでないんだけど、たまたま表紙のタイトルにぎくっとなってしまって」
テーブルに着いた俺の背中に覆い被さるようにして、絵里香ちゃんが背後から手を伸ばして表紙を叩く。
そ、その姿勢で説明されると、背中にモロに胸の膨らみが当たるんですがっ。
とはいえ、もちろん俺は「隣へ来てよ」などと野暮なことは言わず、黙って背中に集中していた。一応、表紙のタイトルも見たけどな。
「異世界への扉を発見した!」
「――発見したっ」
なぜか途中から空美ちゃんが声を合わせる。
面白がっているらしい。
しかし……これは危険な話題じゃないか? 空美ちゃんに聞かせていいんだろうか。
「大丈夫、空美ちゃんには、ケージ君の救援に向かう途中、あたしの事情は教えてあげたわ」
「あ、そうなんだ」
そうか、それで空美ちゃんも自分の力のことを教えるつもりになっていたのか。
孤高が好きな絵里香ちゃんとしては、そこまで話すのは珍しいが、まあ空美ちゃんは信用できる子だからな。
納得した俺の眼下で、背中に張り付いたままの絵里香ちゃんがページを繰る。ある場所で止めて、またトントンとページを叩いた。
「ここ、ちょっと見て?」
「あ、はい」
ページの字より背中の胸と髪の香りが気になってたまらんが、ゆっくりと読んでみる。空美ちゃんも隣から身を乗り出して、同じく読んでいた。
「これ、ここから遠くないのね」
「遠くないっていうか」
場所的に、俺と絵里香ちゃんが初めて出会ったところじゃないかー。
確かめるように背後を――見ようとしたら、俺の右肩に絵里香ちゃんの顔があって、仰け反りそうになった。
「そう、あの懐かしい、洞窟があったはずの斜面よ」
「え、おにいちゃんと絵里香さん、前に行ったことがあるの」
「う~ん……まぁ、語ると長い話だけど」
そう言いつつ、絵里香ちゃんは空美ちゃんに、俺との出会いを語っていた。
「空美と同じ!」
「……空美ちゃんは自殺つもりじゃなかったと思うけど、うん似てるわね」
二人が会話している間に、俺はだいたい記事を読み終えた。
要するに、先月、あの洞窟の前で謎の男性が倒れて死んでいたって話だ。しかも、その人はファンタジーゲームに出てくるような装備を纏っていて、長剣まで腰に帯びていたという。
事件のことはニュースで見た気がするが、そんな有様だったとは知らなかった。
「ちょっと……妙だね?」
俺は眉根を寄せた。
「確かあの洞窟、初対面からしばらくして、二人で一緒に見に行ったんだよな? でも――」
「そう、でもなぜか、奥へ行く道なんて無かったのよね」
絵里香ちゃんが後を引き取る。
「それって、当時から不思議な話だったけど。……だって、あたしは間違いなく、あの洞窟から出て来たんだもの。それがなぜか、ケージ君と二人で様子を見に行った時には、もう数メートル先で途切れていたわけ」
顔をしかめた後、息を吐いた。
「まあ、どのみち出て来た直後に戻ろうとした時には、もう同じ道は見えなかったんで、仮に行き止まりじゃなくても、結果は同じなんでしょうけど」
そう、だからこそ、未だに絵里香ちゃんは帰れずにいるわけだ。
俺は元々、友人から「異世界へ通じる洞窟」という与太話を聞かされ、探検に行く気満々だったのだが、いざ日を改めて絵里香ちゃんと行ってみたら、奥まで行けなくてがっかりしたのである。
「でも、今現在、洞窟の奥がどうなっているのか、ここには書いてないなあ」
「そうなの。だから、ねっ」
最初から背中に張り付いていた絵里香ちゃんが、いよいよびたっと俺に抱きつく。
「……様子を見に行かない? 久しぶりに?」
「し、死体が見つかったばかりなのにっ?」
俺は密かに震撼した。
「絵里香ちゃん、そういうの苦手じゃなかったっけ?」
「ゴーストは怖いけど、死体だけなら別にどうということは。それに、とうに片付けられたでしょうし」
「空美もいくのっ」
俺と絵里香ちゃんを観察していた空美ちゃんが、ふいに宣言した。
「それと、空美もおにいちゃんと仲良くするうっ」
なぜかそう付け加え、空美ちゃんが椅子を降りて俺に抱きついてきた。
な、なんて物怖じしない子だ。