今はこれがせいいっぱい、なの!
「いや、迷ってたんだけどね、実は」
俺は、微妙に本当とは言えない返事をした。
「空美ちゃんと絵里香ちゃんに連絡取りたいと思ってて、先にどっちに連絡しようかなって」
ま、まあ……空美ちゃんに連絡取るつもりだったのも、本当だ。
「ああ、それならっ」
空美ちゃんは輝く笑顔で、両手を合わせた。
「今、空美と出会ったんだから、絵里香さんに連絡して、合流すればいいと思うの」
「おぉー、なるほど」
俺は無駄に感心した。
その手があるかー、みたいな。
妹の可憐を連れて行くと、一種の緊張状態になるのでアレだが、空美ちゃんは今のところ、絵里香ちゃんに嫉妬とかしてない――はずだし、問題もないような。
絵里香ちゃんも空美ちゃんとは相性よさげだったしな。
「そうだねぇ、じゃあそうするか? 自転車に乗って、一緒に会いに行く?」
「うんうん。空美はそれがいいと思う!」
「よしっ」
つーわけで俺は決断し、その場で電話を入れた。
連絡して事情を余すところなく説明すると、絵里香ちゃんは「いいわね、ちょうど暇だったのよ!」と快諾してくれた。
そこで今、俺達は二人乗りで絵里香ちゃんのマンションへと向かっている。
まあ、本当は自転車で二人乗りは駄目なんだろうが、車もまばらな裏道だしな。
ちょっと困るのは、後ろの荷台に横座りした空美ちゃんが、物怖じしないで俺の身体にしがみついてくることだ。
ほぼ上半身をべったりこっちの背中につけていて、なんかこの子の呼吸する気配まで感じてしまう。その姿勢のまま、「昨晩はママと、再放送のカリ○ストロの城を見たのよ~」とか、楽しげに語ってくれる。
いやぁ、「実は俺も見たぜっ」と話題も弾む。
十歳の女の子と気が合ってどうすんだ!? と思わないでもないが、なにしろこの子は、神秘的な瞳が目立つ、ニュータイプ少女だしな。
しかも、なぜか俺に抱きついた姿勢で、頻繁にくすくす笑うし……今も。
「うふふっ」
「な、なにか頻繁に笑うけど、いいことでもあった?」
たまらず尋ねると、空美ちゃんは「ん~ん」と可愛い返事をした。
「そうじゃなくて……おにいちゃんに抱きついていると、幸せなの。幸せがいっぱいだから、自然と笑みがこぼれるのよ」
「お……おお」
ああ、照れるっ、悪照れするっ。
あと、俺の背中に頬をつけて、すりすりするのは、禁止だ、反則だっ。萌えに目覚めるのはともかく、いきなり駄目な方へ走りそうだっ。
ホント、子供は遠慮なく思ったことを言ってくれるな!
きょうびの小学生は昔と違って生意気だと思ってたけど、この子はでも、ある意味では昔の少女なんだよなあ。
「そ、それで能力修行の方は? 病院では、既に空中浮揚的なことができてたと思うけど」
「そうそう、それね、おにいちゃんにお話ししようと思っていたの。空美、多分もう少ししたら、ETごっこができるようになるかもしれないのよ!」
「い、ETごっこ……とは?」
万一にも事故ったりしないよう、慎重に漕いでいたが――。
空美ちゃんは、いちいち言い出すことがミステリアスでたまらん。
「たとえば、この状態でお空を飛ぶとかっ」
「あ、ああ、なるほどっ」
そのETごっこね!
「いやあ、それは楽しそうだっ。ぜひがんばって、俺を空に連れて行ってくれ!」
空を飛ぶのは楽しそうだものなっ。
「おにいちゃんも、空美と飛びたい?」
背中の方から、めちゃくちゃワクワクした声が。
「そりゃもう!」
俺は心から賛同した。
すると……なぜか空美ちゃんは黙り込み、ぴくりとも動かなくなった。
疲れたのかと思ったものの……二分経ち、三分経ってもしゃべらないので、俺は気になって話しかけようとした――。
「――らあっ」
す、素っ頓狂な声が洩れてしまった。
いきなり自転車が空漕ぎになって、ペダルに重さを感じなくなったと思ったら、宙に浮いてた! 空美ちゃんと自転車共々っ。
ま、マジかっ。
そりゃ二秒ほどに過ぎないし、すぐにドンッとばかりにアスファルトに戻ったけど、確かに浮いてたぞ、しっかりと!
空美ちゃんは、ふうっと小さく息を吐いて、「今はこれがせいいっぱい、なの!」とちょっと照れた声で囁いてきた。
いかん、世界的に見ても凄い経験したと思うんだが、自然とニヤけちまった。




