この子は将来、すげー美人になるだろうな
夢を見た割に、その翌日は可憐に買い物の同行を頼まれて遊びに出られず、その後もなんだかんだ可憐の用事に付き合い、数日後の八月に入ってから、ようやく俺自身が絵里香ちゃんに連絡取って遊べる暇ができた。
どうもこう、可憐の奴はわざと俺にあれこれ頼み、家から出さないように画策していた気がしてならない。
どんだけ兄を縛る妹かとっ。
そのうちまた日記を見て、本音を暴いてやるっ。
服を着替えて出かける準備に入りつつ、俺は硬く決意した。
すると、リビングを出ようとした途端、ふいに可憐が入ってくるじゃないかっ。
「兄さん、ちょっと今日は隣町に家具を見に行きたいんですけどー……て、どこ行くんです?」
可憐が眉をひそめ、問いただす。
ここで、問答などするのは無駄である。頭のよいこいつは、知能の限りを尽くし、遊びに行こうとする俺を止めるべく説得するからな。
それはもう、赤壁の戦いで、孔明が呉の名だたる軍師や重臣達を論破したごとくだ。でもこいつが本気出したら、全盛期の孔明だって論破されるね!
だから俺は、高らかにこう決めつけて逃げに入る。
「夏休みといえば、男には付き合いがあるんだよおっ」
「そんな、友達なんて高原さんだけじゃないですか!」
「ほ、他にもいるわいっ」
いきなりグサッとくるようなことを言いやがるしっ。
おれはもうその場で走り出し、玄関でささっと靴を履き替え、廊下に飛び出した。この手の逃走劇は慣れているので、靴履いて外に出るまで、わずか二秒だ。
すると、背後で駆け足の音がっ。
「お、追いかけてくるか、普通っ」
ホラー映画かよと。
実際俺は、プチ動揺して廊下をダッシュし、エレベーターホールでたまたまうちの階に来てたエレベーターのボタンを押し、飛び乗った。
入るなり、下降ボタンを連打する……早く、早くっ。
「待って、わたしも行きますしっ」
わあ、本当に走ってきたっ。
室内着代わりのフレアミニと、シャツのままなのに、キテ○ちゃん模様の財布だけ掴んで走って来やがんの。昔から、来ると言えば是が非でも俺についてくる奴だからなあっ。
でも最近は本当に諦め悪くなった。
同じ中学の陸上部エースを上回るらしい、五十メートル七秒台前半を誇る可憐に、俺は本気でビビり、追加で下降ボタンを連打してしまう。
本当にホラー映画かよとっ。
ギリギリでケージの扉が閉まり、下降を始めた時には、本当にほっとしたな。
『兄さんのばかあっ』
可憐の叫ぶ声が小さく聞こえたぞ……実は最近のあいつ、ヤンデレ化してるんじゃないかー。
当然、下で自転車に乗ってからも油断せずに猛然と漕ぎ、ようやく振り切ったと確信するまで、俺は気を抜かなかった。
電話するために自転車を停める時も、道路脇の自動販売機の後ろに止めたくらいだ。逃亡中の凶悪犯人みたいだな、しかし。
ったく、遊びに行くだけで、なんでこんな苦労しなきゃいかんのか。
まあ、可憐が密かに疑うように、女の子絡みだからだろうが……それで遠慮してたら、俺は永遠に絵里香ちゃんとも空美ちゃんとも逢えないしなっ。
空美ちゃんも当然気になるが、今日はひとまず絵里香ちゃんに電話しよう。
スマホを出して、早速電話を――
「おにいちゃん!」
ふいに声をかけられ、俺は「わわっ」とスマホをお手玉し、なんとか確保した。
「あぶねー……て、空美ちゃん!」
噂……はしてないが、考えていたら、本当に空美ちゃんが後ろにっ。
水色の、スカート部分の丈が短めのワンピースに、薄い生地の純白ストッキングという格好だった。うわあ、この子は将来、すげー美人になるだろうな。
「よ、よくわかったね?」
どこからも見えない、自動販売機の後ろにいたのにな。
「ほんとうに。でもね、空美は最近、おにいちゃんの居場所がわかる気がするのよ」
幼女の頃の聖母さんみたいな、優しい微笑を見せる。
「病院も退院できたから、散歩がてら、本当に見つけられるか確かめたの」
「あ、そ、そうなんだ」
胡乱な返事になったのは、「この子実は、無意識に赤い糸を感じてるのではっ」と思ったからだ。俺にも同じことができるけど、それってこの糸のお陰だもんな。
あと、すっかり俺に慣れて、よそゆきの言葉遣いじゃなく、自分を名前で呼ぶようなってるなあ。可愛いなあと続けて思い、俺はふと思いだした。
ええと、この後どうするべきか。
予定では、絵里香ちゃんに電話するはずだったけど。
「おにいちゃん、誰に電話するところだったの?」
早速、訊かれたし!




