夜に……独りで……いけない楽しみ
思いがけない再会の後、俺は学校へ向かった――。
なんてことはせず、そのままマンションへ帰った。
中途半端な時間から参加する検査ほど、無駄なものはない。インフルエンザの経験ないし、今は季節外れだし、大丈夫だろう。
それより、妹の日記である!
俺は帰宅するなり、まず厳重に戸締まりをして、ついでに家の中を見て回った。具合悪そうだったし、帰ってるかもしれないからな。
しかし、家の中に妹の影はなく、俺と違って真面目に中学で勉強しているらしい。
そこでようやく、ピカピカに磨かれた風呂場に直行し、浴槽に足をかけて、天井の小さい配電口を開けた。
「……あれ?」
元の場所にないっ。
手を伸ばして四方を探ったが、隠したケースが当たらないっ。
しかし……なにやら、棒みたいなものが触れたぞ。絶対に日記じゃないが。
こういう時、俺の諦めの悪さは半端ない。
普通なら、「隠し場所変えやがった、きしゃー!」と思うところだが、俺はまだ諦めなかった。ウォークインクローゼットに押し込んであった折りたたみ式のハシゴを持ってきて、それを使って配電口を開け、周囲を懐中電灯で照らしたのだ。
すると……もう使ってない布団叩きのプラスチック棒がそばに転がっていて、さらに日記入りケースは前より二倍以上遠い位置に置いてあった。
そ、そこまでやるか、妹よっ。
多分、特に見られた証拠もないけど、なんとなく不安だから、いつもより奥へ突っ込んだのだろう。周到に、引き寄せるための道具まで揃えて。
「ふはは、だが俺の執念の勝利だなっ」
自慢にもならないことを宣言し、俺はそのプラスチック棒でケースを引き寄せ、めでたく日記を入手した。
勝手によその家へ上がって箪笥を漁る、ゲームのプレイヤーみたいだな、しかし。
7月2日 まだ治っていませんでした
お兄様に触れられると、なぜかもの凄くドキドキして、わたしは駄目になるんです。
幼少の頃は、幸せな気分になれるので、なにかというと即座に抱きついていましたけど、もうあの頃のように素直にはなれません。
だから、忘れた頃にふとお兄様に触れたり触れられたりすると、どうしてよいのかわからず、途方に暮れてしまいます。
声も上手く出なくなりますし、困ってしまいます……。
こんな相談、お兄様にはできませんし。
思い切って親しい友達の美奈子に、お兄様のことだとは知らせず、「触れられたら、胸の鼓動が」などと相談してみたところ、あの子は満面の笑みを広げて「わあっ、可憐でもアヘ顔晒す時があるのねええっ」などと大声で言われ、死にたくなりました。
アヘ顔ってなんなんでしょう……ネットで調べたい気もしますが、やめておきます。どうせわかっても、嬉しくないでしょうから。
最近は……夜に独りでいけない楽しみに浸っていますし、本当にこの辺で自制しないと……お兄様に知れたら、もう終わりです……。
眠れない可憐
○――――○
俺はハシゴの段に足をかけたまま五回くらい読み返した。
今日のは……ちょっと……いろんな意味でヤバいな。ていうか、可憐は元々、没落名家のお嬢様だそうだが、しかしうちに来てから、もう十年近いんだがな。
日記に登場するアレな友人の方が、よっぽど今時の十四歳だわい。
「いや、そんなことはどうでもいいっ」
動揺のあまり、俺はあえて思考を逸らしていた。
今問題なのは、「夜に独りで」「いけない楽しみに浸る」という二箇所なのは、論を待たないだろう。
ああ、動揺して脳内言葉遣いも妙になってる。
――ちなみに、「独りで楽しむ」と書いて、「独楽」という漢字になる。読み方はコマで、正月に回すあのおもちゃのことだが。
以前、国語の時間に女性の先生が黒板に「独楽」と書き、「この漢字、どう読むかわかる?」と誰かに当てた。
チャラけたそいつは、黒板を睨んで大真面目に考え「独りで楽しむ? お、お○……にぃ?」とめちゃめちゃ赤い顔で答えた。
直後に、先生に張り倒されていたが、本人は懸命に考え、字面からして本気でそうだと思ったらしい。白状すると、俺もそう思ったんだが。
そのまんまだしな。
そして今、この日記を読んでも、同じ解釈しか浮かばないんだが!
こ、これはどうにかして……調べる必要があるな……でもさすがに……う~む。
俺はハシゴの上で、その後半時間ほど良心と戦っていた。