男は辛いって本当だよなあっ
「お、下りなよっ」
俺は一気に焦って、叫んだ。
「いや」
あっさり拒否した挙げ句、その子はちらっとシンプルな腕時計を見やり、「あと六分ね。ボクは帰りなさい」などと言いやがった……振り向きもせず!
この意味は誤解しようがない。
つまり、六分後に新幹線が通過するのだっ。
「ふざけんなっ、なにがボクだよ!」
むかっ腹が立った俺はそう喚き、「女の子が自殺しそうなのに、見過ごすわけにいくかっ」と追加で怒鳴る。
「下りろ、下りろってばっ」
「……うるさい子ね」
謎のスーパーガールはようやく振り向いた。
器用な足捌きで危なげなく身体の向きを変え、ちゃんとこっちを見下ろした。
銀髪のくせに、なぜか瞳は黒かった。やたらと鋭い目つきだし、大人びた顔だが……でも中学生くらいだろう、せいぜい。
「そっちだって、まだ中坊じゃないか! 小学生とあまり変わらないよっ」
「……わたしはまだ十一歳よ、ボク」
今度は彼女の方がむっとしたように言い返す。
十一歳といえばまだ小学生である。マジか! と俺は思った。
とてもそんな幼い容貌に見えない。胸だって、ちゃんと存在感あるしなっ。
よほどハードな人生を送ってきたのかも。
しかし今は、それどころじゃないっ。
「なら、ほんの二つ違いだろうがっ。下りないなら、引きずり下ろしてでも止めるぞっ」
「面白いわね、ボク」
銀髪女は苦笑した。
「本当にわたしを止めることができたら……ちゃんと名前で呼んであげるわ」
「んなの、どうでもいいっ。しかし俺は、必ず止めてやるからな!」
有言実行を地で行くように、俺はすかさず柵を構成する金属ワイヤーを掴み、苦労してよじ登っていく。
こんな辺鄙な場所なのに、柵はそれなりに高く、しかも登りにくかった。
あの銀髪少女が、どうやってあんなトコに立ったのか、不思議でならない。
「危ないから、よしなさいってば」
そのうち、黙って見てた少女が、初めて心配そうに声をかけた。
「う、うるせー……はあはあ(息切れ)そう思うなら、そっちが下りてこいっ」
「いーや。それにだいたい、もうすぐ時間だし。あと二分ね……とにかく、その努力にはお礼を言っておくわ。じゃあ!」
俺がジタバタ苦労して、ようやく一番上に着いた途端、なんとこの子、思い切りよく、そこから飛び降りやがった! こっちを向いたままの背面跳びでっ。
しかし、柵の下にある土台の白いコンクリート部分を含めると、線路まで何メートルも高低差があったんだがっ。
「ま、マジかっ。本当にスーパーガールかよっ」
「わたしは戦士よ!」
一回転してから、見事に線路のど真ん中に着地し、少女はきっぱり言ってのけた。
「少なくとも、少し前までは、ね」
直後に、寂しそうに付け加える。
謎の発言だったが、その時の俺は、この分からず屋を救うことで頭が一杯だった。
特撮やらアニメやらのヒーロー物にどっぷり浸かっていた俺からすれば、見捨てて立ち去るなど、有り得ない話だったのだ……今も昔も。
しかも、微かにレールの彼方から音が聞こえる……気のせいか、カタンカタンという振動も。
ちんたら下りていたら、もう間に合わないっ。
「ちくしょうっ、男は辛いって本当だよなあっ」
俺は半泣きで喚き、「あばばばばっ」と意味不明な叫び声と共に、思い切って飛んだ。
夜中にもう一度、場面の続きを更新します。