幻想の街から帰還
「にいさん、にいさんっ」
妹の可憐が呼ぶ声で俺は目を覚ました――のはいいが。
なぜか自分がベッドの中ではなく、鉄道車両の中……それも汽車の座席に座っているのに気付き、俺は飛び上がりそうになった。
「なんとおっ!?」
「……いきなり大声出さないでください、びっくりするじゃないですか!」
正面に座った可憐がつんとした顔で窘める。
というか、こいつもう、デレデレじゃないぞ? どういうことだ。
「ええと、俺達確か、謎の街の宿舎ホテルにいたよな?」
「いましたね、ええ」
可憐は窓の外を流れる黒煙を見つつ、素直に頷く。
「それで、何日かお泊まりして、今帰りの汽車に乗っているわけじゃないですか?」
「そうか……ステラさん、快く出してくれたか……なぜか間が飛んでるけど」
「ステラさん!?」
ふいに妹がキッと俺を睨む。
「女の人の名前じゃないですかっ。いつのまにそんな人と知り合いましたかっ」
声がこえー……あー、こりゃホント、いつもの可憐だわい。
元に戻ったな、すっかり。ちょっと寂しくもあるが。
「しかし……どういう魔法なんだか。俺、せめて明石さんにも、別れの挨拶したかったのに。つか、彼女は残るんだろうかね、あそこに」
「家出同然の旅なんだし、そのうち帰るでしょう……それより、明石さんとまで、仲良くなったんですか!」
またこいつは、戻った途端に、ありとあらゆるオナゴに嫉妬してからに。
この上、優ちゃんとも挨拶したかったとか言うと、むちゃくちゃ言われそうだな。あと、どう見ても不都合な記憶が全部抜けてる気がする。
「おまえ、高い高いしてもらったの、覚えてる?」
「――それはっ」
おお、ぼっと真っ赤になった。
「た、ただの気まぐれなお願いですようっ。べ、別に兄さんにどうしてもしてもらいたかったわけじゃ」
「あー、そう」
俺は逆らわず、頷いた。
「なるほど、器用にも、おまえにとって大事な部分だけは、ちゃんと覚えているわけだ。いやぁ、あの人は本当に魔法使いなんだなあ」
「大丈夫ですか、兄さん? どこかで頭でも打ちました?」
「別に……」
呟いた俺は、ようやくこれにも気付いた。
つまり、ポケットに硬いものが入ってる。手を突っ込んで触れると、どうやら大きな鍵のようだ。
『……その鍵を、好きな扉の鍵穴に入れて回せば、あのホテルに戻れるわよ』
ふいにどこからか声が聞こえたが、俺は意地でも動かなかった。
お、驚かないぞ。
『明石さんと友垣さんはもちろんのこと、駄菓子屋の優ちゃんが特によろしくって。絶対にまた逢いたいそうよ? もちろん、わたしも……』
俺は無言で、ぐっと親指を立てる。
なにやら可憐が心配そうに見ていたが、まあいいさ。
そして、ようやく落ち着いてきた俺は、汽車がブレーキをかけ、例の名も知れない駅に着こうとしているのを感じた。
「どうしてあの二人がっ」
可憐が叫んだので同じく窓から外を見ると、古めかしいホームに、絵里香ちゃんと空美ちゃんがいて、まだ汽車が動いているのに、心配そうに走ってくる。
「すげー……ここはまだギリギリ結界内だと思うんだが……来られたのなあ、あの二人っ」
まあ、それも所詮は、最終的にステラさんが許したからだろうが……それにしてもだ。
俺が感心して唸っていると、可憐が尖った声を出した。
「兄さんが呼んだんですかっ」
その声を聞いた時、可憐は本当に元通りなんだなぁと、よくわかった。
まあ、その方がいいか。心の枷を魔法で全開ってのも、どうかと思うし。
……少し残念なのも事実だけどな。
というわけで、閉ざされた街のエピソードは、ここまでです。
(物語自体は、違うエピソードに入り、まだ続きます)
少しでも楽しめたという方は、気が向いたらで結構ですので、評価などお願いします。