その発想はさすがになかったぞっ
夢の中で逢うと内気な魔女に予告されたからには、早めに眠る必要があるだろう。
そう思って早めにご飯食べて早めに風呂入ったのに、なぜか可憐はとことんくっついてくるという……まあ、原因はわかっているが。
昼間に見た不吉な処刑台が、脳裏に焼き付いているらしい。
宿内レストランで明石さんにも話したんだが、あの子は全然平気だったのになあ。むしろ「あたしも自転車借りて、観に行くわ!」とまで言ってた。
さすが家出するだけあって、逞しい。
しかし想像力豊かな可憐は、オーナーの女性があの処刑台で死んだ光景を想像してしまうようで、風呂はおろか、眠る時も一緒にと言い張る。
根負けした俺は、つい了承してしまった。
「わかったわかった、じゃあ今夜だけな……昔のように」
あえて付け加えたのは、もちろん間違いが起きないように、自分への戒めのつもりである。
しかし可憐はそんな戒めなんぞは念頭にもないらしく、ひたすら喜んでいたな。
「おにいさまと一緒に休む! 懐かしいです……本当に、本当にっ」
「いや、そこまで感動せんでも」
風呂上がりの可憐が、水色のパジャマ着て俺のベッドに潜り込んでいる。
当然のようにブラなんか着けてないので、抱きつかれていろいろ参ってしまう。
「あー……俺は抱き枕じゃないだから、そんなにしがみつかなくても。夏なんだし、暑いだろっ」
「おにいさまに抱きついていると安心できるんです。俺が生涯守ってやるって、おにいさまも昼間言ったじゃないですか!」
「いや、そこまで言ってないしっ」
思わずムキになりかけて、俺は自重した。
今宵は重大な用件があるから、是が非でも早めに眠らないと。
「まあ……いいさ。幼少の頃以来のことだから、多少はな。抱きついててもいいから、おまえも早く寝ろ」
「はぁい」
とろけそうな可愛い返事の後、可憐は嬉しそうにいよいよ俺にしがみつく。
いかん、余計なこと言ってしまった。
「でもおにいさま……せっかくの至福の時間です。このまま抱き合いつつ、朝まで語り合うのはどうですか?」
「か、語り合うって、なにを?」
「もちろん……愛を……」
たわけたセリフの語尾が崩れ、可憐の嫋やかな身体が、ふいにガクッと力を失った。急激に眠ってしまったらしい。
さっきまでの元気な様子からして、これは怪しい。
「そうか……あの人が痺れを切らした……な」
言ってるそばから、俺も深い眠りに引きずり込まれてしまった。
とはいえ、本当に意識を失っていたのは、わずか数秒ほどだったはずだ。
ふいに耳元で「危ないですよ!」と言われ、腕を掴まれた。
「え……わっ!」
今にも屋根から転がり落ちそうだった俺は、慌てて姿勢を正す。
いつのまにか、傾斜のキツい屋根のてっぺんに座っていた。周囲を見れば、もはや見慣れつつある例の街を見下ろしている。
そして、隣には――
「こんばんは、ケージさん……この街へ招待した、ステラと申します」
軽く会釈するこの人も、屋根のてっぺんで俺の隣に座っているわけだが。
……しかし、見た目が凄いぞ。
なにせストレートロングの銀髪に、碧眼だ。どう見ても二十歳以下にしか見えないが、天才画家が心血を注いだ絵画のごとく、儚げで繊細で、可憐な容姿だった。
「でも、ゴスロリファッションは意外だった」
てっきり、中世風の地味ドレスかと思ったのに。
長い両足は可憐と同じく黒ストッキングであり、他はウエストを絞ったゴスロリ風ドレスである。スカート部分は赤で、胸元の少し開いた上衣は薄手の純白生地だった。
予想に反して、華やかな見かけだー。
「ケージさんが喜ぶかと思って」
くすっと彼女が笑う……て、ステラだったか。そう言えば、名前初めて聞いた。
「いやまあ……確かにときめくけど」
俺が素直に感想を述べると、ふいにステラがぐっと顔を近づけてきた。
いきなり碧眼が俺の視界の半ば以上を占め、思わず仰け反る。
「な、なんでせう」
「ケージさん、思った通り、私を見ても怯えたりしないわね」
「ああ、そういえば。でも、見るからに優しそうに見えるし」
「ありがとう……でも、私の秘密を知った後も同じことを言ってくれるかしら」
「例の……お願いごとの話かな」
いきなり話が佳境かっと俺が緊張した途端、夜風が吹いてきた……夏だし、心地よい風なのだが……なぜか肉の焼ける臭いがする。
「――うっ」
俺は森の方を遠望して、呻いた。
あの処刑台はここからじゃ見えないが、森の一部が、ポツッと明るくなっているのがわかるし、煙が上がっているのもわかる。
「まさかここって、あの街は街でも、時間軸が違う?」
「そう……私が暮らしていた当時よ。もちろん過去の幻像だけど」
ステラは静かに言った。
「そして、私のママが処刑された場所」
言ってるそばから、ステラの名を叫ぶ女性の悲鳴が聞こえた。
ごく微かにだが、確かに聞こえたのだ。
「あえて、そんな時代の幻像を見せるのは、俺に理解を求めているから?」
「それもあるし、自分への戒めもあるわ……私もママも、魔女にしてヴァンパイア……人間とは、どうしたって相容れない存在だもの」
寂しそうに呟いたステラの瞳が、ゆっくりと真紅に染まっていく。
おぉおお、ちょ、ちょっと怖くなってきた……かもしれない!
ヴァンパイア! その発想はさすがになかったぞっ。