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人間を恐れる魔女


 この多少のスキンシップのお陰で、可憐の機嫌はよくなり、俺達は仲睦まじく自転車の二人乗りをして、目的地を目指した。


「宿とは反対方向を出ろってことは、こっちでいいんだよな」


 メインストリートを自転車で走りつつ、俺は可憐に尋ねる。


「おそらくは。ただ……おにいさまもお気づきでしょうけれど、それだと森の中へ入ってしまいますね」

「まーなー……しかし、森の中を抜ける道もあるって話だよな……おっ」


 言ってるそばから街を出て、自転車はそのまま鬱蒼たる森の中へ入っていった。この森のお陰で、あの謎の駅からは街が見えなかったのだが、いざ中へ入ると、一応、この細道も舗装されているのな。




「同じく石畳ってのが、なんか違和感あるが。まあ、そこはオーナーの好みか」


 針葉樹とはいえ、枝が生い茂るせいで、森の中はかなり薄暗い。

 俺は平気だったが、可憐は俺の腰に腕を回し、しっかりと抱きついていた。横座りなので、支えないと危ないというのもあるが、それどころではない抱きつき方である。


 恐がりの可憐の気持ちはわかるので、俺もからかうことはせず、好きにさせてやった。本音を言うと、俺的にも抱きつかれるのは嫌じゃないし。


「しかし、このまま走り続けていたら、そのうち森を抜けて駅の方へ出ちゃうんじゃ――」


 俺が言いかけた途端、ふいに森が途切れた。

 ちょっとしたカーブを曲がった途端のことで、俺も可憐も唐突な変化にびくっとした。

 なぜか全く木々が浸蝕していない、円形の広場のような場所で、ここを抜けると、さらに奥へ向かう道がある。


 でも多分、この静まり返った広場こそが、南部さんが示した場所だろう。




「……異様なものがあるしな」


 俺は顔をしかめて呟いた。

 自転車を降りて、その「異様なもの」をじっと観察した。

 土を固めて作った土台のような上に、なぜか十字架みたいなのが立てられている。その横には――


「――っ! いやっ」


 可憐が同じく見上げ、小さく悲鳴を上げた。

 慌てて俺の胸に飛び込んで来た。


「あ、あれはっ」

「……処刑台だな、うん」


 可憐の身体に腕を回し、俺は小さく呟く。

 片方は土台の上に木製の台座みたいなのがしつらえてあり、そこに首吊りの装置がセットされている。きちんとロープも輪っかに結んでてっぺんの横棒に結ばれていたり。


 処刑人が操作するレバーもあって、それをガコンと動かすと、台座の上の床が開いて、首吊り完成と。


「じゃあ、こっちは?」


 隣へ歩き、俺は納得した。

 ……こりゃ、火あぶりで処刑する場合か。わざわざ、二つ並べて置かんでもいいと思うが。


「い、戒めでしょうか……自分への」


 ガタガタ震える可憐が、俺の胸に顔を埋めたまま言う。

 は? と思ったが――


「そうか、これは彼女が見た光景を再現しているのかも。それで、戒めか」


 鋭い可憐は、一発で正解に辿り着いたらしい。

 ……なぜオーナーである彼女が人間を恐れてなかなか出てこないか? おそらく、その答えがここにあるのだ。


 遠い昔、おそらく彼女は元の故郷である他国で人間によって捕らえられ、人間によって処刑されかけた? 

 あるいは、彼女の家族は本当に殺されたのかも。


 そのことを決して忘れないために、彼女はここにこんなものを作ったのか?


 あの街もここも、かつては世界のどこかに実在したのかもしれない……ノスタルジア、つまり「郷愁」が街の名だしな。よい記憶だけを再現したかったけど、それでも凄惨な記憶を消すことはできないってことか。


「だからこそ、未だに彼女は人を恐れているわけか……納得したと言いたいが、こんな処刑方法で魔女狩りがあったのって、かなり昔のことだよな」

「でも、その方は魔法使いさんなんですよね? おにいさまが話してくださったいろんな事実を総合して結論すれば」


「そう……だな」


 魔女狩りで殺されたのは、ほぼただの人間ばかりで、本物の魔女などいなかった――というのが、歴史上の定説らしいが。

 ……ここで見聞きしたことを素直に受け入れるのなら、彼女は紛れもない本物だ。

 未だに生きて、力を振るっているのだから。


「可憐、宿に戻ろう」


 俺は可憐の背中を撫でて促し、また自転車に戻り、可憐を後ろに乗せた。

 落ち着いて、しかし急いでその場を走り去る。

 広場を後にしてから、ようやく可憐がほっと息を吐いた。


「おにいさま……わたし、こわいです」

「大丈夫だよ。俺がいるじゃないか!」


 柄にもなく、俺は胸を張る。

 俺だって平気じゃないけど、今は南部さんや駄菓子屋の優ちゃんのオーナー評を信じるしかない。

(どうせ、今夜には会えるだろうしな)

 胸のうちでそっと呟く。


 ……事実その夜、俺はついに、オーナーとされる女性と会うこととなった。


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