貴方の未来が、全ての素敵なことで満たされますように
「先に言っておくけど、これは彼女の秘密に関わることなので、ずばり教えることはできないよ」
いきなり機先を制されて、俺はがっかりした。
まあでも、俺自身も都合の悪いことをあちこちでばらまかれたら、そりゃ嫌だしな。やむを得ないところか。
「じゃあ、一つだけ。……そのお願いとやらを聞き入れた場合、なにか人体に悪影響とか、そういうのはあります?」
「ないない、そういうのはないんだ」
にこやかに手を振る南部さんである。
「これは一種の取引だと思っていいんじゃないかな。このささやかな街に住む僕達は、彼女のためにある便宜を図る。後で話を聞けばわかるけど、その便宜というのは、彼女には必要不可欠なもので、話を聞けば納得できる……それを信じるかどうかは置いて。で、その代わりに僕達は、この街でなに不自由ない生活を送る。さして遠くまで行けないけど、車だって欲しけりゃもらえると」
「……そもそも、車は本物ですか?」
俺は自分が希少なブガティを頼んだことを説明し、南部さんをじっと見つめた。
「世界に六台しかない車……しかも、そのうちの三台は博物館的な場所で展示されているわけです。となると、持ってこられる可能性があるのは三台だし、それも翌日とか無理ゲーでしょう?」
「君はどう考えている?」
愉快そうに訊かれたので、俺は思いきって自分の疑いを述べた。
「ここへ来る途中の汽車の中で意識を失った時がありました……実は俺も、そして俺と一緒の機関車に乗っていた二人も、まだ眠ったままなのではと」
夢の中だと仮定するなら、そりゃどんなものでも出てくるだろう。
しかし、俺の推理に対して、南部さんはきっぱりと首を振った。
「いや、ここは実在の場所だし、車だって実在のものさ。ただ、僕のプジョーも君のブガティも、本物じゃーない。媒体がなにかは知らないけど、アレも魔法の産物なのさ。だから、細かく調べれば、いろいろ不備があるね。彼女が調べてわからなかったことは、カバーできないから。僕のプジョーで言えば、たとえば車体番号もないし、ステアリングの形状もオリジナルとは違う」
「えーーーっ」
俺は思わず声が出たね!
「それにしたって、ブガティは巨大な車だし、カボチャの馬車とは訳が違うでしょう?」
「それは僕らの常識であって、彼女は事実、亜空間にこんな街を構築して、オーナーとして君臨している。……相手が本物の魔法使いだってことを、忘れない方がいいよ。度を超えた巨大な力を振るうには、彼女の街であるココじゃないといけないという縛りはあるけど、逆に言えば、この街でなら大抵のことは実現できるのさ、あの人は」
「……な、なるほど」
まあ、自分のテリトリー内では無敵の能力ってことか。
「すると南部さんは、オーナーのそういう力に畏怖して、出ていくんでしょうか」
「まさか」
意外にも、彼は一笑に付した。
「彼女の能力は確かに凄まじいけど、それを僕らに振るったりしないし、僕らには親切だよ。現に、『どうしても出て行きたい』と望んだ僕は、こうして出て行くことになったしね。ここを出れば、記憶は消えちゃうだろうけど」
「じゃあ、どうして?」
この際、直球で尋ねると、南部さんはなぜか露骨に俺から目を逸らした。
「……実は僕、彼女に告白してね」
「うおっ」
い、いや、別に驚くことはないのかもしれないが、完全にオーナーを敵だと考えていた俺からすりゃ、かなり意表を衝かれたっ。
「君も彼女自身から聞くだろうけど、あの人の境遇に同情するうちにすっかり情が移り……てヤツさ。でもあいにく、彼女にとっては僕は他の街の住人と同じ、単なる契約者に過ぎないんだよな。人間の恋人はいらないらしい……いや、いらないってことはないか。ただ、僕は好みじゃないだけだな、ははっ」
笑ってはいたが、その笑い方はどこか痛々しかった。
そして、俺はそこまで聞いてようやく、この南部さんが街を出ていく理由がわかった。
俺が当初考えていたような反抗心ではなく、惚れたからこそ、その他大勢として扱われるのが耐えられないってことだろう。
……そこまではっきりと口にはしないが。
「おっと、紅茶の用意したのに無駄になるところだったな」
吐き出したら落ち着いたのか、南部さんはポットから紅茶を淹れてくれた。ちょうどその時、俺のポケットでスマホが鳴った。
「へっ!?」
時計代わりにしかならなかったスマホが鳴り、飛び上がりそうになった。
慌ただしく取り出したが、相手の番号が出ていないぞ。
「……もしもし?」
用心深く問いかけると、いきなり女性の声がした。
『ケージさんは、せっかちなのね』
聞き覚えありまくりの声だった。
昨晩、俺の夢の中に乱入した女性……つまり、オーナーその人だ!
「あ、あんたかっ。そっちから連絡くれるとはっ」
『もう少し時間をかけて考えてほしかったけど、ケージさんはもの凄く出て行きたそうだから、先にわたしの事情をお話しした方がいいかなって』
透明感のあるオーナーの声が、そっと囁く。
スマホを耳に当てていると、まるで耳元で囁かれているような臨場感があった。
『今晩……ケージさんに逢いにいきます。また夢の中でね』
「いや、別に普通に会えば――」
『それと、そこにいる南部さんに』
そこで一拍置き、寂しそうに続けた。
『い、いろいろ、ごめんなさいって伝えておいてね。貴方の未来が、全ての素敵なことで満たされますようにって、わたしがそう言ってたと』
「それも、自分で」
俺が言い募ろうとした途端、無情にも電話は切れた。
――ええい、くそっ。