デリバリー完了
「樹さん、おはようございます」
着替えた後、朝食を摂りに一階へ下りると、フロントの友垣さんがニコニコと俺を呼び止めた。
「おはようございます」
「おはようございますっ」
俺より元気に挨拶する、可憐である。
まあいいけど。
「ええと、なにか?」
「昨日ご注文の品が、届きましたよ」
「えぇえええっ」
俺は飛び上がるほどたまげた。
「と、届いたって、俺がフロントに出した注文のアレですか?」
「そうですそうです」
「……まさかぁ」
思わず素で呟くと、同じく階段を下りてきた明石さんが、面白そうに俺を見た。
「なにか、凄い注文したんですか?」
「い、いやその」
「あ、明石さんも届いてますよ。PS3と4、それに書籍が十冊」
「早いですねっ」
「ははは」
友垣さんはそれには答えず、また俺を見た。
「樹さんは、モールス信号入門が一冊と……車ですな」
『くるまっ!?』
可憐と明石さんが声を合わせる。
「ま、まさか届くとは思わなかったんで」
「裏手の駐車場にあります。見に行かれては。ご本は、フロントにありますので、いつでもどうぞ」
「あー、はい」
もう俺の『モールス信号覚えて、赤い糸をぴくぴくさせて信号送る計画』は、頓挫したけどな。しかし、車は興味ある。ちょっと見てくるか。
俺はなんとなく皆に頷いて、一人で裏口へ走った。
……と思ったら、女性二人もついてきてるし!
「なんで来るのさっ」
「おにいさまが、どんな無茶なものを頼んだのか、興味ありますっ」
「前に同じくっ」
最後尾の明石さんが、満面の笑みで言う。
ええい、野次馬どもがっ。まさか「来るな」とも言えんし。
やむなく俺は、女の子達を引き連れて、廊下の突き当たり、つまり裏口へ続くドアを開ける。慌ただしく横手の小さな駐車場を見て――
「――っ! マジかあっ」
俺はふらふらと巨大なノーズが目立つ車に近付く。
モロにクラッシックカーである。
「これ……車ですか?」
可憐がきょとんという。
「大きいわねぇ……排気量はどれくらい?」
「……一万CCを遥かに越えるはず」
『えっ』
だから、声を合わせるなとっ。
「特別なんだよ、この車。なにせ、世界に六台しかない」
しかも、そのうち三台はどっかの博物館だかにあるはずだ。
ブガティT41ロワイヤル……百年近く前に製造された、王侯貴族達を客層として製造された車らしい。
俺も詳しく知らないが。
フロントノーズが馬鹿みたいに長く、とても街乗りできるような車じゃない。そりゃそうだ、全長は六メートルもあったような。
「せ、世界に六台って……おいくらですか?」
いつもチラシを見て、安い食材をチェックするのに余念がない可憐は、ドン引きの顔で俺を見た。
「値段なんかつくか。でも、いつぞやのオークションでは、十億超えたとか」
「じゅ、十億っ!」
「剛毅ねぇ」
てきめんに可憐の顔色が悪くなったが、明石さんは逆に感心したらしい。
「本当に届いた時のこと、考えなかった?」
「だから、入手できるはずないんだって!」
俺は言い返し――そこで、押し黙った。
入手できるはずのない車が、目の前にある……それはある意味、一つの解答を示すんじゃないのか?