学校なんて飾りです!
朝、何事もなく宿舎ホテルの部屋で目覚めた。
俺はがばっと起き上がり、部屋の隅にある美術品のごとき振り子時計を見たが、時刻は朝の八時で、別に早すぎず遅すぎずといった時刻だった。
「えー……全ては夢か?」
ベッドに横座りして考え、俺は一人で首を振った。
とにかく、昨晩、明晰夢を見たのは確かだ。
問題はその時に例によって幽体離脱も兼ねていたかだが……それはないな。夢の中で思ったように、多分俺は空美ちゃんによって呼び出された。
末恐ろしいニュータイプ少女だが、元々あの島では、ふらふら魂だけうろついてたくらいだ。不思議と納得できた。
……問題は、最後の最後に俺の背後を取った女性である。
彼女は、この街のオーナーだと自分で認めた。
結局俺は姿を見られなかったが、空美ちゃん曰く、日本人には見えないそうな。
どうして俺達の会合に勘付いたのか、見当もつかないが……敵がなかなか鋭いとわかった以上、絵里香ちゃんや空美ちゃんを巻き込むのは、もうやめるしかない。
とばっちりが彼女達に及ぶかと思うと、ぞっとする。
そこでノックの音がして、可憐が俺を呼ぶ声がした。
「おにいさま、起きてますかー」
子供の頃の優しい呼び方のまま、定着しとるしなあ、こいつも。
「いま行く!」
寝室から出て、ドアを開けてやった
「早いな、て……なんだ、その格好?」
舞踏会に出かけるような、レース飾りの多いドレス姿だった。
胸元にブローチの飾りまであるぞ。
「え、だって今日は、この村から出る人にお会いになるのでしょう?」
きょとんとして言う。
あー、夕飯の時にそんな話をしちまったな、俺。軽率だった。
「それなら、おにいさまの妹として、恥ずかしくない格好をしないと」
「い、いや……確かに午前中に会うつもりだけど、。おまえは連れて行かない」
「えぇえええええっ」
うわー、らしくもない黄色い悲鳴を。
「な、なんだよ」
「なんで、わたしはのけ者なんですかあっ」
また、空美ちゃんと似たようなセリフを言ってくれる。
「おまえは、どっちかというと、残留希望だろ? 俺と相反する立場じゃないか」
「ここは気に入ってますけど、おにいさまが出て行くなら、わたしだって出て行きますよっ。残る意味、なくなりますものっ」
「え、なんで?」
「おにいさまと二人きりで暮らせるからこそ、残りたいと思ったんです!」
ぷりぷりして言う。
「その前提条件あってこその、残留希望ですからっ」
ストレートな言い方にたじたじとなりつつも、俺は反論せずにはいられなかった。
「が、学校も飛び級希望してたけど、そっちはいいのかよ」
「飛び級だって、おにいさまと同じクラスになるためだし、ここで二人で暮らせるなら、わたしはそれでいいんです。おにいさまの口癖を借りるなら、学校なんて飾りです!」
きっぱり言われて、俺はまたしても絶句しちまった。
あと、古いアニメを真似た、俺のセリフを取るな。
ていうか、またふいに「中学から高校へのスキップ&飛び級希望」だなぁと思ってたら、それが理由だったのか!
でも、以前の可憐なら、絶対に秘密にしていたのに、そんな洗いざらいぶちまけるとは。
「お、おまえ、本当になんともない? 具合とかどうだ?」
あまりにも心配なので、俺は可憐の肩に手を置き、少し揺すってやった。
「うふふ……なんですか、急に。変なおにいさま。わたしはここへ来てから、凄く落ち着いているし、なんの問題もありませんよ」
「わっ」
さらりと言われた挙げ句、肩に置いた手にキスまでされて、俺は焦って手をどけた。
いやっ、なんと言われようと、やっぱりおかしいし、駄目だっ。本来の可憐がこういう子だとしても、自分の意志で変化したわけじゃないからなっ。
「わ、わかった。とにかく、朝食にしよう。すぐ着替えるから」
「はぁい」
幼女的返事にさらに不安になり、俺はむっつりと寝室へ戻る。
そこで寝間着代わりの短パンに手をかけ……振り向いて、可憐が興味津々の目つきで見つめているのに気付いた。
「あっちの部屋で待ってるのっ。着替えるところを見てどうする!?」
「兄妹なんだし、いいじゃないですかー」
「駄目駄目っ」
可憐の背中を押して、無理に寝室から追い出し、ようやくドアを閉めた。
そこでドアにもたれ、思わずため息をつく。
くそっ……せめて、今日会う人に、有望な意見でも聞けたらいいんだが。なんたって、数少ない、自分の意志でここを出る人だからな。
俺の同志も同然だ。
……あと、あのオーナーとやらにも、実際に会っているかもしれないし。