男性だと思っていたの? うふふ
「空美ちゃんかい!」
「そうです、そうっ。絵里香さん、見つけました!」
俺の意識は、自分が夢を見ていることを十分にわかっているのに、それでいて覚醒もしている。
まさに明晰夢の典型だが、徐々に霧が晴れてくると、今回の舞台は空美ちゃんが入院している病院の――えー、おそらく屋上!?
そこに、なぜかライダースーツが決まりすぎの絵里香ちゃんと二人で立っていた。
「え、成功したのっ。凄いのね、森崎さん!」
「あ、今はお母さんの旧姓に戻ってますから、星野空美です」
「そうなの……それで、どう? ちゃんと啓治君が見える?」
「見えますよ! お兄ちゃんもわたし達を見ています」
「えー、どこどこっ」
ふいにキョロキョロしたが、異世界少女かつ、リアルスーパーガールの絵里香ちゃんでさえ、俺は見えないらしい。こっちは二人共クリアに見えているんだが。
どうも、空の上から俯瞰している感じ?
そして、空美ちゃんはちゃんと俺を見ていて、ばっちり目が合っている。しかし、なんでまた、二人で?
と思った途端、まさにその質問を先読みしたかのように、空美ちゃんが教えてくれた。
「絵里香さんが空美の病室へ来て、教えてくれたんです。『なんだか、啓治君が危険な気がするって』。なぜだかわたしも気になっていたので、わたしがコンタクトだけでもできないか、屋上に上がって試してみたんです」
「おぉおおおお、なるほど! さすが空美ちゃんっ」
激賞してやると、なぜか絵里香ちゃんが俺の方をそろそろと見て、右手の小指を立てて、逆の手でしきりに指差している。
俺が見えなくても、さすがに気配で居場所を突き止めたらしい。
もちろん今の仕草も、言わんとすることはわかる。
つまり、俺が昼間送った「赤い糸信号」が、早速成功したってことだな!? 俺の救難信号だと見破った絵里香ちゃんが、俺から聞いた話を思い出して、空美ちゃんに協力を頼んだと!
最低三日くらいは、同じ時間に続けるかと思ったけど、初日から成功かっ。思いついた俺より、速攻動いてくれた絵里香ちゃんのお陰だよなっ。
もちろん、一番の大手柄は、ニュータイプ少女の空美ちゃんだが。
「ありがとうっ」
俺は二人に向かって叫んだ。
あそこへ下りたいが、なぜか見えない抵抗があって難しい。俺の夢の中だってのに。
「どうしようかと思っていたところだ。……ところで」
俺は思いっきり内股で、ウサギさん柄のパジャマ姿で立つ空美ちゃんは、少し風が吹くとパジャマの裾がめくれて、おへそが見えたりする。
夏とはいえ、風邪引かないかなと思うのだな。
「空美ちゃん、寒くないかいっ」
「平気なのっ」
素に戻って、空美ちゃんがぶんぶん首を振る。
「それより、どういう事情か、お話ししてくださいっ」
「よ、よし、絵里香ちゃんには空美ちゃんから伝えておいてくれ。元々、助っ人を頼もうかと思っていたほどでさっ」
「えー、空美は部外者なんですかっ。子供だからって、ひどいです!」
いきなり空美ちゃんが膨れた。
いや、速攻の反応だった! え、この子もやっぱり嫉妬するのかっ。
「い、いやっ。俺としては入院してる空美ちゃんにはあまり迷惑をだな――」
とグダグダ言い訳をしかけたその時である。
『ごめんなさい、啓治さん。気持ちはわかるけれども、それはルール違反なの』
「げげっ」
こんな芝居がかかったセリフは、滅多に出るものではない。
しかし、いきなり俺の背後……しかもこの夜空を舞う上空で、背後に気配を感じ、さらに耳元で囁かれたとなると、抑制が利かないのも当然である。
「お、おまえ、誰だっ」
勇をふるって問いかけつつも、俺は本能によって相手の見当がついていた。
『貴方達から見れば、私はあの村のオーナーということになるわね。この世界にありながら、それでいて、どこにも存在しない理想郷……そう、貴方が今迷い込んでいる場所よ』
背後から抱きつかれて、温かい呼気が耳に掛かった。
「お、おんな……だったのか」
『男性だと思っていたの? うふふ』
しとやかな笑い声がして、やたらと指の長い手が俺をそっと抱き締める。
『私は貴方を見ていたわ……かなり長い間。最初貴方は、あの可憐ちゃんこそが狙われていると誤解していたようだけど』
「そりゃ誤解するだろ」
言いつつ、俺は必死に屋上を見る。
俺の赤い糸と繋がる二人の少女は、今や真っ直ぐにこっちを見ている。
「俺の背後が見えるかい!?」
大声を出すと、空美ちゃんは激しく頷いた。
「そ、その人……日本人じゃないと思いますっ」
――わかってるさ!
俺は心の中で叫ぶ。それどころか、人間かどうかも怪しいもんだっ。
「空美ちゃん、今回のことは、もう忘れろっ。こっちはこっちでなんとかするっ」
必死で喚いた直後、地上の光景はどんどん薄れ、急激に意識が闇に引きずり込まれていった。あの機関車の時と同じだっ。
『私達の理想郷へ戻りましょう、啓治さん』
妙に優しく囁いた女の声がして、俺の意識は砕けた。
最後の最後に、俺の救出を約束する、二人の叫び声が聞こえた気がするが、いや、どうも巻き込むのはまずそう――だ……な。




