意外な助っ人(かもしれない)
とにかく、動揺しまくって半泣きの可憐を落ち着かせ、ひとまず俺はホテル宿舎に戻ることにした。
……つもりだったのだが、ようやく落ち着いてきた可憐が「そういえばおにいさま、途中にレンタルサイクルがありましたわ」と教えてくれて、にわかに気が変わった。
というのも、さっきの優ちゃんが「この街の中は平気ですけど、外に出てしばらく歩くと、意外なほど早く、スタート地点に戻ってしまいます」と雑談の中で教えてくれたのだ。
歩くとなるとちょっとためらうが、自転車なら別じゃないか?
「その店、どこか覚えてるか?」
「お店ではありませんが、覚えてます……こっちですよ」
俺が通ったのとは別の路地へ入り、可憐は俺を手招きした。
可憐のいう場所とは、メインストリートを十歩ほど離れた場所で、すぐそこだった。
小道の端っこに、休憩場所みたいにちょっとした広場があり、そこに自転車が五台ほど置いてある。
しかも、電動自転車!
ちゃんと充電専用の場所も設けられていて、街の見かけの割に、やたら未来的である。
立て札に、「ご自由にお使いください」とあるしなあ。
事実、自転車には鍵もかかっていない。
「おぉ……おまえ、よく見つけたなあ」
「走ってる途中で見えたらしいのですが、おにいさまを見つけるまで、ずっと忘れていました」
「おいおい」
俺は苦笑し、さりげなく可憐を見た。
「一緒に、ちょっと走るか?」
「い、いいですけど、まさかそのまま逃げるのでしょうか?」
「気が進まないなら、今はやめとく。だいたいおまえ、その格好で逃げるつもりか?」
苦笑して、先端のぽっちが微かにわかるTシャツを指差してやった。
「あっ!」
慌てて両手をクロスし、胸を覆ったが……今更、おせー。
だいたい、胸隠したところで、下半身のスパッツもたいがい目に毒だしな。生地の上から、縦筋がうっすら窺える時点で、ヤバすぎる。
なので、俺はなるべく目を離していたのに――それでも上目遣いの可憐がぼそっと言った。
「……おにいさまの、えっち」
「待て、こらっ。いや俺はむしろ――」
言い返しそうになったけど、こいつの上目遣いの瞳は、威力抜群だ。モロに視線がかち合い、ずきっと心臓に来た……顔が赤いと余計に。
「……とにかく、そんなつもりはない」
「いえ、どんなつもりであろうと、おにいさまなら気にしませんけど、ここは外ですから」
また危ない発言をしつつ、可憐は適当に自転車を選んだ。
「では、行きますか?」
「お、おう」
俺も慌てて、ペダルに足を載せた。
――小一時間後、自転車を戻した俺達は、しおしおと宿舎ホテルに戻った。
あの子の言う通りだった!
しばらく走ると、なんだか妙に空気に抵抗感があり、そのうちふっとその抵抗感が消えたと思うと、元のメインストリートに戻っているという……何度試しても同じだった。
俺はがっかりしたが、可憐は想定の範囲内だったらしく、気にせずにニコニコしていた……というか、ニコニコして俺の顔ばかり見ていた。
そんなイケメンでもないのに。
「ここから逃げちゃう気なら街中から出られませんが、そのつもりがなければ、相当に遠くまで行けるそうですよ? でも最後には勝手に戻ってしまうようですが」
宿舎ホテルの庭を横切るとき、可憐が教えてくれた。
「本当か!? 誰がそう言った?」
「わたしが部屋を飛び出す時、事情を察したのか、廊下で出会った明石夕子さんがそんなことを叫んで寄越しました。彼女は彼女で、友垣さんから聞いたそうですけど」
「う~ん……となると、逃げる気バリバリの俺は、完全に街に囲われて、出られない状態か……やれやれだ」
「おにいさまもいるし、わたし、この街が好きですけど……」
ホテルの入り口で、可憐がそう囁いてきたが……俺はあえて聞こえない振りをした。
食事は普通にホテル内レストランで摂り、早々に眠りについたその夜。
俺は……夢を見た。
いつもの明晰夢を狙った幽体離脱ではなく、どうも誰かに呼ばれ、そいつの夢に引っ張り込まれたような案配だった。
もちろん警戒したが、優しい声が俺に囁いた。
「おにいちゃん、おにいちゃん! わたしの声が、きこえますかー」
これはっ。ニュータイプ少女の空美ちゃんかっ。