そりゃ(胸が)揺れまくるはずだよ!
それからしばらく雑談混じりにいろいろ訊き出し、俺は一つの収穫を得た。
というのも、俺達と同じく、上手くここへ誘い出されたカモが、オーナーと電話での話し合いの末、断固として滞在を拒み、明日にはここを立ち去るのだという。
その人の自宅と、あと退去時間を尋ねておいたので、今からでも向かうか……いや、可憐が心配だから、今日はもう戻った方がいいかもな。
話を聞くのは、明日でも間に合うだろう。
いろいろ沈思していると、また優ちゃんが小首を傾げた。
「あの……樹さんは、本当にここがお嫌いなのですか?」
「う~ん」
ストレートな質問に、俺は腕組みして考えた。
「いや、嫌いってことはないな。場所も日本離れしてるし、宿舎ホテルは素晴らしい。しかも、生活に不安がないというのも、いいね」
――しかし、と俺は続ける。
「それでも、出たくても出られない状態が続く、というところが不満なんだ。自分の望みならともかく、元々俺は、妹の選択に任せただけで、希望してここを選んだわけじゃないし」
「そのお気持ちは……少しわかります」
複雑な表情で優ちゃんが頷く。
「わたし達はほぼみんな、元の世界に居場所がなくて、逃げてきたのですもの」
「いいじゃないか、逃げたって」
俺はあえて厳しい表情を眩まし、微笑した。
「立ち向かうのが正解じゃない場合もあると思う。妹を見てると、ここが好きだし、出て行きたくないって人の気持ちもわかる気がするんだよ。だから、無理に『優ちゃん達親子も逃げようっ』なんて無理強いしたりしないから、安心して」
「いえ、無理強いするような人ではないのは、なんとなくわかります」
優ちゃんも笑顔で首を振る。
「ただ、せっかくお友達になれそうな優しいおにいさんが来たのに、す、少し残念だなって……ここ、人が少ないですから」
「あ、ああ……なるほど。ありがとう!」
優ちゃんが赤くなっているのがわかり、俺まで赤面したな。
その後、お礼の代わりに、大量の駄菓子を買い込んで、店を後にした。
宿舎の方へ戻る途中、何度か振り向いたけど――その度に、わざわざ店を出て立つ優ちゃんが、手を振ってくれた。
VIP待遇みたいで、照れくさいぞ。
などとほっこりして歩いていたのは、実に百メートル程度だった。
なぜか曲がり角の向こうから息せき切って走ってくる足音がして、「なんだなんだっ」と俺が立ち止まると――
やがて、汗まみれの可憐が長い髪をなびかせて走ってくるのが見えたという。
なんだぁ? 珍しくスパッツとTシャツ姿だが、こんな場所でジョギングでもないだろうに。
あと……なんか、むちゃくちゃ胸が揺れてますけど?
思わず敬語になるわ。
「おにいさまぁあああああっ」
「おわっ」
叫ぶなよっ、驚くだろ! しかも、そんな幼女の頃の呼び方でっ。
「ど、どうした!? 誰かになにかされたかっ」
たちまち俺の脳裏に嫌な想像が渦巻く。
拉致監禁レ○プとか、そんな類いの想像がっ。いや、まだ拉致もされてないけど、とっさの想像だから仕方ない。
それに実はあいつ、なにげに男に尾行された経験多いからな。
しかし、人が尋ねているのに、可憐は俊足を活かした猛ダッシュで最後の二十メートルほどを走り抜け、俺の胸に飛び込んで来やがった!
体当たりされたようなもんで、踏ん張るのが遅かったから、倒れてたぞ。
「お、おいおいっ、勢い緩めろよっ」
「どこに行ってたんですかあっ」
またしても無視して可憐が叫ぶ。
じょ、情緒不安定だな。
「心配するじゃないですか、起きたらわたしだけになっててっ。おにいさまは、いつもそばにいてくれないと駄目なんですっ」
「む、むちゃくちゃ言うなよ……」
理不尽なセリフにも関わらず、俺はあえて強く言わずに囁いた。
だってこいつ、既に泣いてるし。
俺を呼ぶ「おにいさま」という呼び方も、昔の柔らかい呼び方に戻っちまってる。発音まで変わるものか、しかし。
「泣くなよ、ちょっと散歩に出たくらいで」
「……だってだって、おにいさまはここを嫌っていたし、わたしは捨てられて置き去りになったのかと」
「んなわけないだろー」
俺の方こそ可憐の態度にいろいろ不安だが、パニくってるこいつを見ると、そんなの言えない。だから、黙って抱き締めてあげるしかなかった。
むう……それでわかったが。
いつものスポーツブラみたいなのを着けてないぞ、こいつ。
そりゃ揺れまくるはずだよ!