そんなしっかりした子が、この小さな街でなにを恐れるんだろう?
一瞬で決断した俺は、なるべくさりげない態度で尋ねた。
「あのさ、実は俺――と、あと妹ともう一人、うかうかとこの街に迷い込んでしまったけど、オーナーには自分から会えないのかな?」
「オーナーさんは、誰とも会ってない気がします」
はにかんだ表情を見せる女の子は、一生懸命に教えてくれた。
しかし……誰とも会ってない?
「で、でもホテル宿舎の友垣さんは、オーナーがそのうち頼みごとをするとか?」
「はい、それはありました。ただし、わたしとお母さんはもちろん、皆さん、電話で話をしたと言ってましたけど? 一つはこの街に住んで欲しいというのと、もう一つは……それはまあ、ご自身でお聞きになった方がいいですね」
「むう」
思わずその場で考えこんでしまった俺である。
オーナーとは電話で話しただけ? 友垣氏はそうは言わなかったぞ。確か「(オーナーは)数日もすれば、御姿を見せるかと」なんて、言ってたはずだ。
もしかして、俺達は例外なのか。
あと、二番目の願いについては、友垣氏もこの子も口を噤む。
一体、どんな無茶な願いなんだ……相当な力も持っているようなのに。
「あの……」
「あ、ごめんごめんっ」
女の子に声をかけられ、俺は慌てて考えるのをとめた。
「買い物はちゃんと」
「いえ、そうではなく」
少女は微笑して小首を傾げた。
「わたし、青葉優っていいます」
「あー、重ねてごめんっ。そういや名乗ってないかな。俺は樹啓治だよ。さっき、この豪華な閉鎖街に、ついたばかり」
「……おにいさんが、樹さんだったんですね」
まじまじと見られ、なにかおにいさんと言われた。
「え、どういうこと?」
「昨晩、オーナーから電話があって、『啓治さんというスペシャルゲストが今日来るので、仲良くね』って」
「……マジ?」
問いかけると、優ちゃんは、コクコク頷いた。
特にオーナーとやらに悪意は持ってないようで、オーナーの覚えがめでたいと知ったせいか、かなり心を開いてくれたようだ。
でも俺、まだそいつに会ってもいないし、声も聞いてないのになっ。
「どういうことだろう? 俺とは初対面なのに」
「そうなんですか?」
優ちゃんはひどく驚いたように俺を見上げた。
「だって、オーナーさんは、『啓治さんは多分、私に近い存在だと思うから』って言ってましたよ」
「えーーーーっ! いや俺は別に普通の」
そこまで言って、俺は顔をしかめた。
……まさかとは思うが、俺の些細な特技を知っているとか? あり得んよなあ。こっちは相手を全然知らないんだから。
そこでまた優ちゃんの視線に気付き、俺は下手な咳払いなどする。
「こほん……まあ、ほぼ普通の人間だよ、凡人だって」
穏当な返事をしてから、ささっと質問を変えた。
「ところで、優ちゃんとお母さんは、この街から出ようと思ったことないの? どれくらい前からいるのかな」
「来たのは一年前ですけど、わたしもお母さんも、ここが好きですし、満足しています。お母さん、お父さんが事故で亡くなってから毎日しくしく泣いていたけれど、ここに来てから元気になりましたから。ただ――」
そこまで述べてから、優ちゃんはちょっとだけ眉根を寄せた。
ほんの心持ちだが、俺は見逃さなかった。
「ただ、なにかな?」
「た、ただ……さっきお話した、オーナーの二番目のお願いが……少しだけこわいんですけど」
「怖い!? え、なにっ。それって、ホラーなお願いなのかいっ」
俺の声が少し大きくなったのは、もちろん妹のことがあるからだ。
「い、いえ……こわがる必要は、本当はないんです。別に誰も嫌な思いはしませんし。でもやっぱり、ちょっとだけ。わたしはまだ子供なので……きっとそのせいでしょう」
優ちゃんは自分を納得させるように、無理した様子で笑みを浮かべた。
いやいや、確かに子供だが、うちの可憐より落ち着いた雰囲気だしな。そんなしっかりした子が、この小さな街でなにを恐れるんだろう?
俺はなんとなく、周囲の陽光が急に陰った気がしたね!
……やはり、この街はどこかおかしい。