商品は駄菓子、店主は小学生
可憐が目覚めないうちに部屋を出て、慌ただしくフロント前まで来たせいか、相変わらずそこにいた友垣氏が、なにか訊きたいような目つきで俺を見た。
無論、余計な説明などしないが。
それより、せっかく寸前で気付いて部屋に戻り、便せんに「ひとまず希望するブツ」を書いたのだから、「よろしくお願いします!」と無駄に元気な挨拶をして、ささっと彼に便せんを渡した。
「ああ、これはこれは。わざわざありがとうござい――」
などと相手が言いかけた時には、既に俺はホテルの外である。
いやぁ、内容が内容だからな。
はははっ、持ってこられるもんなら、持ってきて見ろやぁ!
友垣氏が追いかけてこないのを確認してから、俺はニヤッと笑った。
それはそれとして、役立たずのスマホで時刻を見ると、今はもう午後だった……う~ん、なんとなく時間の経過が早い気がするが、ついさっきまで、鼻血噴き出すような体験してたからな。時間の感覚が狂っているのだろう。
ちょうどタイミングよく思いだしたことがあるので、俺は一際大きな石造りの民家(でも空き家臭い)の壁で、最初のメッセージを送ることにした。
メッセージ……つまり、平凡な俺が平凡じゃないと言える、数少ない特技の一つ、赤い糸を出したのだ。
出したというか、実はいつもあるけど、俺が気合い入れないと見えないからな。
今も、眉間に深い縦皺を刻み、毘沙門天もびっくりの表情で気合いを入れること数秒、ようやくばっちり見えた。
……もう少し気楽に見えるようにならないのかね、これ。
下手にほっとすると、すぐ見えなくなるし。今は昼間なので余計に――
「うわぁ」
愚痴りかけた俺は、仰け反るほど驚いた。
真っ直ぐあのインチキ宿舎に向かう、ずばっと元気な赤い糸。
この輝きの強さよっ。言うまでもなく、これは可憐だろう。そもそもあいつの好感度って、俺が駄目兄扱いの時からマックス状態だというのに。
なんで普段からそれを……いや、今やもうデレデレの二乗くらいになってるが……まあ、俺はあんな妹は認めんがな。
残る二本の糸を確認……うんうん、こっちはかなり良い感じだ。
よい感じだというのは、最初に気付いた時には絹糸かよと思うほど頼りなかった、空美ちゃんの糸が、もう立派に普通に見えたことだ。
この際、あのニュータイプ少女にも救援要請するかと思ったが、やはり十歳少女を巻き込むのはよくないな。やはりココは、我が幼馴染みにして、リアルスーパーガールの、絵里香ちゃんに頼るべきだろう。
仮に救援は無理でも、生存確認だけは送っておかないと。
早速俺は、さらに気合いを入れまくり、失敗した拳法の演武みたいに動きまくり、普段は触れない糸を手で掴む。
あまり長くは無理だが、これを何度か引っ張り、絵里香ちゃんへの信号とした。
うん、手応えあり!
ここがどんな世界であろうと、我が糸を防ぐこと、あたわず!
一人で満足して前を見ると、ぽかんと口を開けた二十歳くらいの女の子が、気味悪そうにこっちを見ていた。
「……あっ」
俺が声を出した途端っ、ぶるっと震えて回れ右し、逃げるように去ってしまったという……。
くそっ、人口なんか激少ないはずなのに、運が悪いなっ。どうせ、なにやってるか、わからないと思うけど。
俺は深呼吸して気分を変え、ひとまず街を探索することにした。
明らかに清掃が行き届いた石畳の道を、俺はぶらぶら歩いて行く。
誰かとすれ違うことは滅多にないが、たまに見かけるのは、若い女性が多く、次におじさんか。たまに少年もいるが、こっちは少ないな。
女の子が最大勢力だ。……つっても、まだ全部で十名も見てないが。
空き家なのか、窓どころか、鎧戸まで閉めた家屋が多いが、そのうち、開いている家を見つけた! しかも、一応メインストリートとなっているこの道で、初めて見つけた店である。
店先に、斜めに傾いたシート地の屋根を伸ばし、その下にいろいろ並べてある。店舗の奥にも商品はあるようだが、それじゃ売れないんだろう。
立ち止まった俺が木箱の上に置かれた商品……なんと、全部駄菓子だった。それぞれ大きな瓶に入れたり、入らない場合は並べたりしてあるが、でも駄菓子しかない。
「へぇえええ」
半ば感心して見ていると、奥から声がした。
「こ、こんにちは」
……げっ、店の奥からこの子、どう見ても小学生なんだが? ピンクのふわふわワンピース着てるが、中学には絶対見えない。
「こんにちは。まさか、一人じゃないよね?」
心配して尋ねると、笑顔で首を振った。
「お母さんといっしょです」
「そ、そう」
俺はなるべく愛想よく頷き、決めた。
よし、まずはこの子にいろいろ尋ねるか。敵を知るには何とやらだし。