まさか、薬でも打たれたんじゃないだろうな、可憐の奴
まあでも、誰も突っ込んでくることなく、そのまま俺達は、宿舎という名の豪華ホテルへと足を踏み入れる。
中もすげーな。決して新しくもないだろうに、どこもかしこもピカピカだ。
壁は純白だし、木目調のフロントは歴史を感じさせる割に、綺麗だし。
そのフロントには誰もいなかったが、友垣氏が俺達に向き直った。
「さて、みなさんのお部屋の鍵をお渡しします。樹さん達は、兄妹で同じ部屋ですが、構いませんか?」
「いや、別だと嬉しい――」
「構いません」
俺が別部屋でと言いかけたのに、即答で了承しやがる。
あれ……可憐の奴、こんな性格だったか。
つーか、囚われの身なのに、ニコニコしてるし。
「……どうされます、啓治様?」
「ああ、はいはいっ。一応やっぱ、部屋が空いてるようでしたら、分けてください」
「えーーっ」
可憐が拗ねた顔で俺を見るから、「いや、アレだったらおまえが俺の部屋に入り浸ってればいいじゃないか?」と宥めた。
「な、それなら、一つ部屋と同じだろ?」
「そんなこといって、わたしが本当に入り浸ったら、嫌がるじゃないですか、絶対に!」
こいつの、切なそうな上目遣いの破壊力よっ。
「場合によるだけだって」
「本当でしょうか」
わー、やっぱりこいつ、なんかいつもと違うわ。
しかし友垣氏は、「では、お二人一部屋ずつで」などと言いつつ、素早く鍵を渡してくれた。
「最上階の四階ですね」
すると、すぐさま明石さんが「では、私も四階で。反対側の端っこでいいです」と注文つけたな。まあ、被害者同士だしな。
「それから皆さん」
明石さんに鍵を渡した後、友垣さんはなぜか俺達をぐるっと見渡した。
「必要なものがあれば、部屋に専用の便せんがあるので、そこに希望の品を書いてください。お好きな時にフロントに届けて頂ければ、なるべく早く、お届けに上がります」
「えっ」
「まあ!」
「無料かしらっ」
最後の明石さんのセリフが鋭いが、友垣氏はニコニコと頷いた。
「当然でございます。皆さんは招かれていらしてるのですから」
「けど、本当になんでもアリなんですか? ゲームハードとかソフトとか、あるいは下着百着分とか……そんなのでも?」
「百着も下着注文して、どうするんですか?」
きょとんとする可憐に、俺が顔をしかめる。
「たとえばだよっ。でもお前だって替えの下着はいるだろっ」
「私は……向こう十日分くらいの換えは持参していますし、ちゃんとお洗濯だってしますもの」
「十日分!? 下着の予備、もってきすぎだろっ」
だから、あんな巨大トランクになるんだっ。
「はははっ」
やりとりを聞いていた友垣氏が、楽しげに笑った。
「話を戻しますが、過去に車をお願いした方もいらしたので、それくらいは大丈夫だと思いますよ」
『――車あっ』
俺達三名の声が、見事に重なってしまったぞ。
車って……無茶な奴がいたもんだ。
しかし、これは狙い目かもな……くくく。
俺はあくどい笑みを広げた。見てろよ、おい。破産させてくれるわ、ブルジョアのクソオーナーめっ。
説明が終わると、決意を秘めた俺を含め、全員が自分で扉を開けるタイプの旧型エレベーターに乗り、四階へ直行した。
廊下の反対側に部屋を借りた明石さんと別れ、早速それぞれの部屋に入る。と思ったら、可憐がトランクだけ置いて、即こっちへ来やがった。
まさか、マジで入り浸る気なのかっ。
即座に専用便せんとやらを探す俺を尻目に、数部屋もあるこの私室を、あちこち見て回っている。
そのうち、奥の方から「兄さん、兄さんっ!?」と嬉しそうな声がした。
ったく、囚われの身だっつーのに、すっかり馴染みやがって!
俺を見習って、「無茶な要望出して、わざと追い出されてやるぜ作戦」くらいは、考えてみせろっつの。
それでも、渋々様子を見に行くと――
「おぉおおお」
思わず声が出た。
いや、ここは俺一人なのに、ベッドルームも含めて三部屋もあるのだが……一番奥の部屋が、専用風呂になってるというね!
隣のベッドルームから石材の階段を数段下りたところに、嘘みたいに大理石の床と、中央に檜風呂がでんっとあるのだな。
「まさか、これが家族風呂!?」
「ですねぇ。檜風呂が広いです。どう見ても三畳くらいの大きさありますねっ。でも周囲もちゃんと、防水されていますし、洗い場もありますしっ」
「三畳……おお……て」
ふと思いだした。
「個人のアレとしちゃ大きいけど、まさか、おまえと俺が入るわけにも――」
「わたし、隣から自分の着替えとってきます! 兄さん、一緒に入りましょう」
「ええっ!?」
……ホントに駆け出していったぞ、あいつ。
一緒に風呂とか、昔はともかく、最近はとんとないが。
まさか、薬でも打たれたんじゃないだろうな、可憐の奴。
にわかに心配になってきた。