なんだこの、リアル・スーパーガール!?
生唾を飲み込みつつ、中へ飛び込んだ俺は叫んだ。
「おいっ、このスマホを見ろおっ。たった今、警察に電話して――」
淡い明かりの下、そこまで言い切ったところで、俺の叫び声がぶつっと途切れた。
なにかこう……予想とはだいぶ違っていたからだ。
一階のこのあたりは、元食品売り場だったらしいが。
通路のあちこちに、陸揚げされたマグロみたいに野郎共が転がっていて、喘いでいる。
俺が「嫁に乱暴してやがるっ」と勝手に勘違いしていた不良達こそ、被害者に見えるのだな。
スイングドアのすぐ内側で「はあはあっ……た、助けてくれっ」とか細い声で俺を見上げる奴を入れて、総勢二桁名以上が既に倒れていたりして。
まだ無事に立っている野郎は正面に立った二人で、なぜか俺の方を恐怖に染まった目つきで見つめていた。
いや、もちろん見ているのは、俺じゃないが。
「……警察に電話したって本当?」
このフロアで唯一の女の子が、振り向いて俺に尋ねた。
どういうわけか、日本人にあるまじき長い銀髪を、ワンレングス風に大胆に分けていた。お陰で少し片目に髪がかかっている。
服装はブラックリーバイスのスリムジーンズと、白いブラウスのみ。
「ねえっ、あたしの声、ちゃんと聞こえてる?」
すらっとした彼女の足と腰に見とれていた俺は、慌てて首を振った。
「いやっ。今のは単なる脅しで」
「……そう」
なぜかズカズカこっちへ歩いて来た女性は、俺に近い背丈だったし、すげー大人びた人だった。しかも、明らかに外人さんの血が混じってる。
だが、どう見ても胸以外はやせ形で、こいつらを叩きのめすなんて、無理そうなんだが。
ところがそう思った瞬間、俺の足元でハアハア呻いていた巨漢を、彼女はなんの遠慮もなく蹴飛ばしたっ。
「邪魔よ!」
「げふあっ」
老けた不良がふわっと宙に浮き、嘘のように軽々と飛んで、冷凍食品のケースに激突した。うわぁ、白目剥いて動かなくなったぞ。
「君は、こんなことに関わらないで逃げなさい、ねっ」
「いや、そういうわけには――て、速いっ」
すぐさま身を翻してダッシュした彼女は、前傾姿勢で瞬く間に残る二人に襲い掛かり、一人をまた蹴飛ばして無力化し、背中を向けて逃げようとした奴を、即座に追撃!
途中からふわっと飛び上がり、一旦、空になった食品棚を蹴飛ばして空中で方向を変え、あらぬ方向から逃げる相手に襲い掛かった。
交差して着地した時には、もう最後の一人も気絶していた。
なんだこの、リアル・スーパーガール!?
驚いて突っ立つ俺の方へ、何事もなかったように戻ってきた。
「あっ」
逆三角形のモデルさんみたいな顔立ちをよく見れば、頬に数字がっ。そして小指に糸も!
しかし今回、好感度が21というのが、泣けるほどショボいんだがっ。
やっぱこの数字、100オンリーじゃないのな……当たり前か。
「なぜわざわざ、こんな危ない場所へ?」
不審そうに尋ねる彼女に、俺はとっさいに「いや、単なる通りすがりで」と答えてしまう。
すると――好感度の数字が、無情にも21→18に減ったぞっ!?
嘘だと思われたんだろう……まあ、実際に嘘だしな。
仕方ないので、限りなく本当に近い「あー……実は敷地の外を歩いていたら、微かに男の悲鳴がして~」と説明し直した。
「ここって、前から不良が女の子を連れ込むという噂があるのを思い出したから、とっさになにかしなきゃと――かように思ったわけです」
「……そう、そうなの」
よ、よし。目元が和んだので、今度は警戒されなかったな。
お姉さんの声が、ぐっと優しくなる。
「なんとかして助けようとしてくれたのね、それで警察に電話したという嘘を」
「そういうことです。間違っても自分で戦おうとは思って――わっ、なんです!?」
ふいにぐっと顔を寄せてきた彼女に、俺は仰け反りかけた。
関係ないが、こんなに強い彼女なのに、やはりそばに寄られると甘い香りがした。ちなみに、銀髪はカラーリングじゃなく、地毛の色くさい。
「君……いえ、あなたはどこかで――」
そこまで言って、女性は目を見開いた。
「あなた……もしかして、樹啓治君?」
「あ、はい。て、なんで俺の名を」
「覚えてないかな? あたし、姫野絵里香よ……啓治君より二つ年上の。十年近く前に、この街で会ったでしょっ」
ふいに笑顔になり、姫野……さんが俺の手を握ってきた。
むうっ、その名前は記憶にあるぞ、確かに。銀髪でエリカ……そうか、あの時の女の子か!
銀髪という時点で、もっと早めに思い出すべきだった。
後悔しつつ顔を見つめると、頬の数字が急激に上昇していた。18→89!
なんという、奇跡のリカバリーっ。
俺は急に、いろんな意味で胸の鼓動が激しくなってきた。