むしろ我々を恐れているのは、オーナーの方なのです
なんの話かと言えば――。
ここへ来る直前に絵里香ちゃんに電話で報告した、赤い糸を引っ張ることで、俺が引いてるのが本人に伝わるというアレだが。
しかし別にスマホじゃないんだし、生存確認の役にくらいしか立たな――いや待て、そこはなんとかする方法もあるな。
「樹啓治様、あまり深刻にお考えになりませんよう」
「え、あ、ああ……はい」
うわ、驚いた。
そうか、俺が考え込んでいるのを、絶望したと見ていたのか。
甘いぜじーさん。妹がいる限り、俺はそう簡単に絶望なんかするもんか。諦めるにしても、可憐を助けてからだ。
なんてことを考えているのをおくびにも出さず、俺はあえて困惑したように肩をすくめる。
「でも、さっきの全部ノーな返事を聞いて、あまり冷静なのも妙でしょう」
「先程は、前提の話をお伝えしておりませんでした」
友垣氏の愛想のよさは変わらず、ルームミラー越しにちらっと俺を見て、車のアクセルを緩める。
到着をわざと遅らせ、あえて説明してくれるらしい。
「そもそも、この私にしてからが、皆さんと同じく、この土地から出られませんのです。まあ、今となっては、別に出る気もございませんが」
未だに友垣氏を睨んでいた明石さんが、それを聞いて「えっ」と声に出した。
「ああ、一味の一人とお思いでしたか。それは違いますよ。私はオーナーの願いを承諾することで、ここで働くお許しを得ただけですね。それ以外は、皆さんと条件は同じです。ここで唯一力を持つのは、オーナーのみなので」
「願い、と言うのは?」
俺がすかさず尋ねると、彼は落ち着いて説明してくれた。
「オーナーが人を集めるのは、実は協力者を探しているからです――ああ、これも誤解なさいませんよう。別に悪事に手を染めろとか、そういうことではないのです。端的に言えば、二つあります。一つはこの村に定住して、ぜひ自分と一緒に暮らしてほしい……というのが、一つ。そのために必要なものは、全てオーナーが用意してくださいます。二つ目は」
言いかけてふと口を噤んだので、前のめりで聞いていた俺達は、当然せっついた。
「言いかけてやめるのは、ずるいですっ」
大人しい可憐が真っ先にせっつき、そして明石さんが「言わない部分にこそ、悪意があると思われますよ?」と、彼女らしく冷静に突っ込む。
多少、俺と同じ意見だったので、援護射撃してやった。
「少なくとも、言いにくいことなんですよね、その二番目の願いとやらは? 俺達がうっかり、うんと言えないような」
「あ、その言い方が一番穏当ね」
明石さんが微笑む。
いやぁと照れて頭を掻いていると、まだ手を握っていた可憐が、俺の掌に爪を立てやがった。
「うわたっ――なんだよ!」
「知りませんっ」
手は離さないくせに、そっぽは向くという。
こいつは、どんだけ嫉妬深いのか!
「はははっ」
なにがおかしいのか友垣さんが愉快そうに笑い、またルームミラーで俺達をちらっと見た。
「まあ、二番目の願いは、直接、オーナーからお聞きください。数日もすれば、御姿を見せるかと」
「なぜ、数日間を置くのですか?」
可憐が上品に尋ねると、友垣さんの笑みが苦笑に変わった。
「そうですね、むしろ我々を恐れているのは、オーナーの方なのです……というのが理由になりましょうか。樹さん達や明石さんが悪人ではないのは、下調べで十分にわかっております。しかし、それでも少し様子を見たい――そういうことですね」
「待って!」
「いやちょっと」
俺と明石さんの声が重なる。
彼女が俺を見たので、先に譲った。
「あ、あたしがこの謎の場所に興味もったのは、ごく最近なんだけどっ」
「左に同じく!」
「……そもそも、見つけたのはわたしですぅ」
今更責任を感じたのか、可憐がしゅんとなる。
しかし、友垣さんは即座に否定した。
「きっかけや時間はどうあれ、オーナーは特別な力の持ち主です。従って、心当たりがあろうがなかろうが、やはり皆さんがここへ来られたのは、誘導された結果なのですよ」
「いや、そんな兆候は――あっ」
「なにか心当たりが?」
「心当たりというか、そういえば――」
「兄さん、兄さんっ」
話の途中なのに、可憐が繋いだ俺の手を引っ張る。
釣られて外を見ると、いつしか車は森を完全に回り込み、その向こうに小さな街が見え始めていた。
……本当にこんな場所に、街があるとは。
しかも、思ったより広いぞ。
「宿舎に到着したら、ごゆるりと。温泉もございますよ……それもたくさん」
友垣さんが、何かをそそのかすように俺を見た。
いや、そんな気分じゃ……て、まあ入るけどね、それでも。