運命が垣間見えた、三つの質問
「――あのっ」
俺が戸惑って執事みたいな老人を眺めていると、明石さんがふいに声を上げた。
「あたしは特に予約していませんが、部屋が空いてたら、追加でお願いできませんか」
「もちろん、構いませんとも。それに、うちの宿舎はこの地に来た皆さんのためにあるものですからね」
ニコニコとそう述べると、老人は早速ロールスロイスに戻り、後ろの死体が幾つも入りそうなトランクを開けた。
無論、俺達の荷物を入れるためだろうけど。
……しかし、今の彼の言い方、どこかおかしくなかったか。
素早く目配せくれたところを見ると、明石さんも気付いたようだな。
「兄さん、早く荷物を!」
一方、「おまえ、今回に限っては楽観的すぎるだろうっ」と思う可憐も、せっせと車に乗る支度をしているという……まあ、そりゃどうせ乗るしかないんだろうけど。
あの汽車も、いつまでも停まってないだろうし。
広い車内では、なぜか俺を含めて全員が後部座席直行で、俺は二人の真ん中という位置だった。当然、前はドライバーの老人一人だけである。
「出発する前に――わたくし、宿舎で長年働いております、友垣と申します。今後とも、よろしくお願いします」
老人……友垣さんとやらは、エンジンかけた後に振り向き、数日しか泊まらない「はず」の俺達に、やたらと渋い挨拶をしてくれた。いや、考えすぎかもしれないが、あまり短期の客にする挨拶じゃないような。
それに、最初こそ「宿の者です」と言ったが、あとはなぜか宿舎と呼んでいる。
まあ、宿舎だって宿の一種だけど、言い方がおかしい……気がするよな。
そう思いつつも、流されやすい俺は「あ、お世話になります」挨拶しちまった。
率先して可憐が「お世話になります、友垣さんっ」とニコニコ答えたんで。
明石さんが最後に低い声で名字のみを告げ、「よろしく」と低頭する。
友垣さんは終始笑顔で、「では、宿舎へ参りましょう」とのたまい、ロールスロイスは滑るように動き出した。
あたかも野原の中を突っ切るような車道を悠々と進み、まっすぐ、西側の森の方へ向かう。そりゃまあ、他に見えるのは延々と続く野原と、区切りを示すかのような周囲の山だけだしな。何かあるとするなら、あの森の向こうにしかあるまい。
「森の中にも道はございますが、少し暗いので回り込みますね」
友垣さんが愛想よく言う。
「ああ、はい。お気遣いどうも」
俺が軽く頭を下げた途端、右隣の明石さんが、俺の横腹を肘打ちで二度ほど、チョンチョンと突いた。
見れば、俺の顔を指差し、そして友垣さんの方を指差している……今のうちに、詳しい情報を訊き出せということかな?
自分でやりたまえ!
と言いたいところだが、相手は妹と同じ年の子だ。
俺が動くしかないか。
「おほんっ」
俺は大きく咳払いした後、いきなり核心をついてやった。
「あのぉ、あそこの名無し駅まで通ってた機関車、いつから走っているんでしょう?」
「いやぁ、それはオーナーしか知らないかもしれませんなあ」
謎の返事をした後、友垣さんは頭を掻いた。
「私はここへ来て十年以上経ちますが、十年前の時点で、既に当たり前のようにこういう形で存在していました」
俺と明石さんは、思わず顔を見合わせた。
「オ、オーナーとは、なんの?」
「もちろん、この土地全体のですね」
「はい?」
訊き返したが、わざとらしく無視された。
いよいよ……怪しくなってきたぞ?
念のために可憐を見ると、ちょうどこいつも俺を見たところで、自分から手を握ってきた。
そうか……さすがのおまえも、大量のデンジャラス・キーワードを聞くうち、信じられなくなってきたか。
「この際、ずばっと尋ねますが」
俺は生唾を飲み込んだ後、さらに踏み込んだ質問をした。もはや、体裁を考えている段階は過ぎて、限りなく「いつ、どのように逃げるべきか?」を検討する段階である。
「三つほど質問がありますが、いいですか?」
「どうぞどうぞ」
うわぁ、愛想のよさがよけいに怖いわー。
「では、お言葉に甘えて。まず質問一、その宿舎とやらは本当に普通の旅館的な場所ですか?
質問二、急に気が変わって俺達が帰りたいって言ったら、駅に戻してくれます? 最後の質問三。そのオーナーって人は、普通の人間ですか?」
「あー、お答えとしては、かなり簡単です……少なくとも、短めに答えられるという点で」
ロマンスグレーの髪が渋い友垣さんはうんうんと頷き、本当に素早く答えてくれた。
「今のご質問で言うなら、三つともきっぱりとノーでございます」
「……うわぁ」
俺は頭を抱えたし、明石さんは厳しい視線で老人の後頭部を睨んでいる。
そして我が妹可憐は――彫像みたいに固まっていたが、ふいに俺の手を一層強く握り、俺を見た。
「じょ、冗談なんですよね?」
「知ってるか? ホラー映画で最初に殺されるモブ被害者の多くは、おまえと似たようなこと言うんだぞ?」
俺は素っ気なく答えてやった。
何か考えろ、何かっ。
本当は、外部との連絡なら、一つだけ方法があるんだが……しかし、意志の疎通ができないんだよな。