わー、久しぶりに、こいつのドヤ顔を見たな
「いや、別にジェイソンみたいなのが、ナイフ持って走ってくるわけじゃないぞ」
俺は可憐が見つけられるように、西側の向こうにある森を回り込んで出て来たばかりの、車を指差す。
銀色の外車であり、めちゃくちゃデカい。
「あの車……なんだか映画で見たことが」
思い出すように眉をひそめる可憐に、俺は頷く。
「ロールスロイス・シルバーシャドウだよ。何十年も前の古い型だけど、昔の映画にはよく出て来たなあ」
「詳しいのね?」
明石さんが目をぱちくりさせたので、俺は両手を広げた。
「別にマニアじゃなくて、たまたま前に読んだ小説に出て来たのさ。で、興味出てググったことがあるだけ」
「ふーん」
中坊の明石さんにはピンと来ないようで、曖昧に頷く。
「でも、そんな古い高級車がなんだってこの無人の世界に」
「――あっ。わたし、謎が解けた気がしますっ」
可憐がふいに嬉しそうに両手を重ねた。
「車一台でかっ」
俺はぎょっとして可憐を見た。
「ホームズ並だな、おい!」
「いえ、もしかして予約した旅館だかホテルのお迎えではと思いました!」
「はぁあああああ」
「まさかー」
俺と明石さんの声が重なった。
「だって、それなら車が来ても不思議はないでしょうっ」
心配そうな表情がすっかり明るくなり、可憐に笑顔が戻った。
「今までのことは、きっとよくよく考えたらなにか説明がつくことで、わたし達は当初の予定通り、今から迎えのロールスロイスに乗って温泉宿に行くんですよ、きっと!」
「馬鹿吐かせー。こんなトコにある宿の出迎えが、ロールスロイスとかないわー。仮に迎えがあっても、むすっとしたじーさんとかばーさんが、軽トラで来るのが関の山だろ?『若いもんは、後ろの荷台ね』とか顎でもしゃくって」
「でも、あの素敵な車が宿の迎えなら、説明がつくじゃないですか!」
こんな時、頑固に粘るのがこいつとはいえ、今回はさすがにな。
「その……なんとしても現実を認めず、自分の望む方向を想像するおまえ、いつも『良かった探し』してる、アニメの女の子みたいだな」
「ポリアンナ症候群という言葉が、本当にあるのよ」
「ポリアンナ、可愛いくて素敵じゃないですかっ」
気を悪くした可憐が言い返した。
俺か明石さんか、どっちにかは知らないが。
わいわい言い合ううちに、車はどんどん近づき、俺は慌ててトランクを開けて傘を取り出した。
「にいさん、快晴ですよ?」
「馬鹿たれ! 武器の代わりだよっ」
脳天気な妹を叱りつけ、俺は折り畳み傘を引き延ばす。まあ……なにもないよりマシだ。
別に俺だけが動いたわけじゃなく、明石さんも自分の荷物からスプレーみたいなのを取り出してこそっとポケットに入れた。
「もしかして、催涙ガスみたいな?」
緊張した顔で頷いた。
「中学に入学した時に、親に持たされたの……まさか使う時が来るなんて」
言われてみれば、暗い汽車の中では地味に見えたこの子も、明かりの下に出てみると、目を引く美人さんだった。そう、可愛いというより、鋭い美人系だろう。
確かに親御は心配するかも……妹のレベルまではいかないが、近い気がする。
……そして、銀色のロールスはホーム近くで停車し、中年……いや、老人が降りてきた。心配したような、今にも妹を拉致監禁しそうなゲスそうな野郎ではなく、品の良い執事みたいな人である。
白髪をオールバックにしてたりして、なかなか格好いいし。
彼はしっかりした足取りで歩き、まだホームにいた俺達を見上げた。
「樹可憐様と、樹啓治様は?」
「お、俺が啓治だけどっ」
「左様でございますか」
可憐を背中に隠した俺を見て、なぜか執事みたいな人は微笑した。
「予約していただきました、宿の者です。お迎えに参りました」
「なんと!?」
「きさらぎ駅に、宿の出迎えがっ。幻滅だわ!」
「ほらあああっ、言った通りじゃないですかあっ」
俺と明石さんの驚きの合唱の後、鬼の首を獲ったような声を出し、可憐が俺を見る。
わー、久しぶりに、こいつのドヤ顔を見たな。
もちろん、まだ信じたわけじゃないが……安心していいのか、もしかして?