まるで真っ黒な深遠に引きずり込まれるように
もちろん俺は、じっと俺の表情を窺っている女の子に、そのことを教えてやった。「この書き込みが語っている異世界行く方法って、俺が温泉HPで見たやり方と同じだ」と。
「ただし、俺と妹が見たアレだと、民宿だか旅館だかの電話番号も載っていたけど」
「民宿?」」
不審そうに女の子が呟く。
「それは、ネットで見た限りでは初めてのパターンだわ。まあ、毎週のようにいろんなパターンが出てくるけど」
「……つまり、掲示板で『なんのために皆を集めるんだっ』って憤ってた奴は、本当に該当するような友人がいたわけか」
「おそらくは。『今の生活から抜けたい者は~』っていうあの書き込み、私が見つけただけでも、二桁以上の掲示板で同じ書き込みを見たわ。もちろん、貴方が見たような、全然穏当なHPも幾つか見つけた。高賃金のバイト募集とか、世界を変えるためにとか、募集理由はいろいろあったわね」
ああ、段々ヤバい気がしてきた。
「一番の問題は、逃げたくなってきたというのに、もう汽車は走り出しているって点だな」
「手遅れってわけね……そこは同情する」
可哀想な人を見るような目つきで、女の子が頷く。
「あ、でも次の駅で降りて」
「ところが、次の駅は終点らしいわ。ただの噂だけど、あたしは本当だと思っている」
「始発駅の次は終点……逃げ場なしか」
がっかりだよ! 頭を抱えちまうじゃないかっ。
「あたしは覚悟を決めてこれに乗ったけど、遊び半分や、狙って乗る人ばかりじゃなかったのね」
「そういや、君は――」
とさりげなく「なんでこんな無茶な書き込みを信じて、家を出たんだ?」と訊こうと思ったのだが、そこでガラッと通路扉を開ける音がして、可憐がそっと顔を出した。
たちまち、俺達を見つけて膨れっ面を見せる。
「どうしたんですか、兄さんっ」
声がもう怒ってる!
「いや、おまえの想像しているようなことじゃない」
俺はため息をついて、女の子に礼を言った。
「とにかくありがとう。……俺は樹啓治という名で高一だけど、君は?」
一瞬、迷う様子を見せたが、女の子は諦めたように教えてくれた。
「明石夕子よ……中二だったわ」
なぜか過去形で学年を言う。
おそらく、過去は捨てたと言いたいのだろう。今のところは根掘り葉掘り訊くのは控え、俺は軽く頷いた。
「じゃあまた、明石さん」
明石さんは小さく頷いた。
当然ながら、元の席に戻った俺は、可憐に仕入れてきた情報をたっぷりと吹き込んでやった。
ただ、反応は鈍かった。
「まさか、そんな。だって、民宿とも電話が繋がりましたし」
「しかし、異世界だか今の生活を変えるためだか知らんが、とにかくネットに出回っている書き込みと、あのHPで見た民宿までの行き方が、見事に一致しているのは本当じゃないか」
「じゃなくて、それはわたし達が見たHPの書き込みを、他の異世界系へ行く系の掲示板が、そっくりコピペしたんじゃないですか?」
「なるほど、温泉HPの方が、逆に被害者であると?」
「そう、そうですっ」
……駄目だこいつ、楽しみな温泉のことしか考えてないらしい。
別に逆に考えてみたところで、このシチュエーションの異状さは、否定できないっつーのに。
「とにかくだなあ、ひとまずスマホで高原あたりに連絡を入れてだな――」
言いかけた俺は、スマホを眺めて思わず顔をしかめた。
「当然のように、圏外かよぉおおおおお」
「ふ、不思議ではないでしょう? だって、周囲はこんな感じですよ?」
可憐が往生際悪く、だいぶ日が暮れてきた外を指差す。
「おわっ」
むしろ、俺は窓の外を見て、びびったがな。
そりゃ確かに新幹線に乗ってた時も、周囲は「田んぼばかり」って状況ではあった。しかし、今の光景はどうだ。風になびく青い草原が、どこまでもどこまでも広がっている。文字通り、地平線の彼方まで。
駅では、少なくとも遠くに山が見えていたが、今はそれも消えている。唯一、草原と違うものと言えば、この路線と銀河鉄道(違)だけだ。
「……日本でこんな光景、普通ないって。なあ、おい? さすがにおまえも――おいっ」
振り返ると、なぜか可憐が席で横倒しになっていた。
軽く頬を叩いても起きない! 疲れて眠った? しかし、あまりにも唐突じゃないか!?
なんて考えているうちに、俺まで視界がぐるぐる回ってきた。
「ヤバい、こりゃ本格的な誘拐の……可能性……も」
せめて、可憐だけはっ。
そう思って妹に手を伸ばした俺だが、あいにく動けたのはそこまでだった。
まるで真っ黒な深遠に引きずり込まれるように、急速に意識を失っていた。




