死ぬか生きるか……そういう運命をかけて旅立つんでしょう?
それと、俺は不思議なことに気付いた。
まず、この単線の始発駅だが……結局、最後に着いたJRの駅から、ここまで来るのにタクシーで来るしかなかった。
バスすら通ってないので。
しかも、駅で拾ったタクシーの運ちゃんにしてからが、俺達が駅の名前を言うと、「そんな駅は聞いたことがない」と断言したのだな。
でも実際にネットであると書いてたし、旅館の予約もした……と俺達がめげずに言うと、ようやく「じゃあ、行ってみます」と言ってくれて、やっと着いたわけだ。
ただし、ここまで来た運ちゃんはなぜか呆然とした顔をして、「あれ? どうやって――」などと言いかけてたな。
あと、タクシーを降りた俺達から、逃げるようにして猛スピードで走って帰りやんの。
――長々と書いたが。
不思議なことっていうのはつまり、そこまで辺境のど田舎駅に、こんな重厚な機関車が停まってるのはおかしいってこった。
今どき蒸気機関車なんて「なんとか記念」とか「夏休みだけ復活」とか、そんなレベルでしか走る試しがなく、観光客を当て込んだ金儲けのために走らせるようなものだ。
しかし、ここじゃ、それも望めない。
なにせ、駅には俺達しかいないし。
……てなことを妹に話すと、意外と脳天気なこいつは「ええ、そんなに不思議でしょうか?」と小首を傾げ、「それに、お客さんは他にもいましたよ。さっき、客車の一つからこっちを見てた人がいますもん」と教えてくれた。
「地元の人じゃなくて、観光客だったか?」
「う~ん……わからないけど、女の子でした。わたしと同じくらいの年頃の」
「まさか、一人旅じゃないだろうな」
思わず疑いの声が出たが、心配性のくせに、今回の可憐は全然警戒する様子もなかった。
「それより、早く乗り込みましょう。置いていかれたら困ります」
「仮に乗り過ごしたら、次の電――じゃなくて、汽車はいつだ?」
「次? 次なんてないですよ。ほら」
なんと、木材のボードみたいなのに、墨で書かれた時刻表を指差してくれた。
俺がぱぱっと見たところ――余計に驚いたぞ。
「一年を通じて、朝方と夕方、それに夜しかない。しかも、夏の間は夜が運休だとー」
たまげたなあ。
周囲を見渡すと、この田舎駅は、まさに陸の孤島だった。
まず、周囲が山で、思いっきり盆地になってる。しかも辺り一面、野原とか田んぼとか、小川しかないというね。舗装されている道は、さっきタクシーが通った小道だけだし。
あの運ちゃん、無事に戻れたのかね。
「ていうか、いつ山を越えた? トンネルとか通ったような覚えは――」
「兄さんっ」
俺のトランクを転がした可憐が、客車の方から呼んだ。
「早く早くっ。もうすぐ出ちゃいますよ」
「……わかった、行くよ」
覚悟を決めるしかないようである。
さすがに妙だと思い始めたが、この時点でもまだ俺はさほどの心配はしていなかった。可憐が全然慌ててないので、俺の方がおかしいのか? と思っていたほどだ。
見るまでもなく全部自由席に決まっているので、俺達は機関車に一番近い先頭車両に乗り込んだ。トランクをその辺の通路に置いた時点で、発車まであと十五分ほど残っていた。
別に焦る必要はない。
「悪い、ちょっと見て回ってくる」
「え、どこへですか?」
「まあ、散歩みたいなものだよ」
可憐に手を振り、俺は手ぶらで歩き始めた。
この客車、とことん機関車テイストで、車両がまたそのまんま、当時のものらしい。
屋根についているのは扇風機だしな。それでも、不思議と暑いって気はしないが。
客車を歩いて行くと、当然のように客の姿なんかなく、俺は最後の四両目で、ようやく可憐が見たという、女の子を発見した。
ジーパンとTシャツという地味な格好で、確かに中学生くらいに見える。
しかし……なんかすげー顔色が悪いというか、思い詰めた顔をしている。俺の姿を見た途端、ぎくっとして目を逸らしたしな。
しかし、ここでようやく見つけた生きた人間様である。悪いが質問したい。
「こんにちは……いや、こんばんはかな、そろそろ」
フレンドリーな笑顔で声をかけたが、女の子は頷いただけだった。
あっちいけ! 的な目つき全開だが、俺はめげない。
「ちょっと訊きたいけど、君もブログで見て温泉へ行くのかな?」
「……温泉?」
胡散臭い目つきながら、女の子は初めて俺を見上げた。
「トボけてるつもりなの、それ?」
「え、どういうこと」
俺が素直に訊き返すと、この子はひとしきり俺をじろじろ見た後、ようやく言った。
「死ぬか生きるか……そういう運命をかけて旅立つんでしょう? あたしも――そして、貴方とあの子も。それを知らないはずないわ」
「……は?」
今、なんか妙なことを聞いたような。