計画序盤にこんな場所で死にませんように……マジで!
「はははっ」
意味もなく愛想笑いし、俺は慌てて通学路を逸れていく。
もちろん、この第二の糸が気になるからだ。そもそも、赤い糸が複数の子と繋がるとか、アリなのか。この世で唯一の相手を教えてくれるのではなく、彼女になってくれそうな子がいれば、無差別に指すんだろうか。
「コトの是非はおいて、相手が男というオチだけはやめてくれよ」
徐々に駆け足になりつつ、俺は密かに声が洩れた。
脳内には既に「両手に花」とか「ハーレム」とか「俺、超モテ期到来!」とか、「濡れ手に粟」とかの単語が乱舞している……まあ、最後は違うような気がするが。
だが、これだけ期待させて、今更がっかりするのは、遠慮したい。
幸い、季節外れのインフルエンザが流行したせいで、今日は全校一斉検査がある。
テストは、中休みなのだ。
そんな検査とこっちと、どっちが大事かというと、考えるまでもないだろう。
赤い糸の先を調べるためなら、別に俺はこんな日でもなくても、無茶してテスト期間中でもサボりそうだが。
だいたいだ、おそらく今も可憐と繋がっているであろう、太くて色艶もいい最初の糸と比べると、こっちはなんか色がヤバい。
切れかけの電球かよっというほど、頼りない光り方である。
でも、確かにこれも赤い糸だし、誰かに繋がっているようだ!
ならば、縁が消滅する前に、確かめるしかあるまい。
決心がついた以上、赤い糸の先を追うのは、実に簡単だった。
今まで気付かなかったが、これはこれでメリットだな。糸で繋がってるせいで、相手がどこにいようと糸の先を追えば、確実に出くわすはず。
しかし……と俺は自分が走る路地を眺めて思う。
別に文句はないが、どんどん街の中心部から離れ、郊外の方へ向かうのはどういうことなんだ。あと何キロで辿り着くんだろう、これ。
本格的に住宅地を抜け、ちょっと不安になってきた頃、ようやく赤い糸が広々とした敷地内の方へカーブして入っていくのが見えた。
なんと、遥か昔に閉店した百貨店という、アレな場所へっ。
もうかなり昔、バブルが終わった頃にグループ企業ごと倒産した物件だ。敷地の広さと建物のデカさのせいか、そのまま放置されて廃墟化している。
幽霊が出たとか、女の子が連れ込まれてナニされたとか、よい噂はあまり聞かない。
とはいえ、迂闊に中に入れるようなものではなく、警備会社と契約しているはずなのだが……俺が糸の先を求めて敷地に入ると、なぜか糸は本館裏手に回り込んでいく。
そこに並ぶ、大きな商品搬入シャッターの一つが、少し開いていた。
そしてまずいことに、雑草が顔を出している駐車場には、不良仕様の車が十台あまり。
……嫌な予感しかしない!
「アレだ……君子、廃デパートに集まる不良に近寄らずというか……シチュエーション見ただけで、遠慮したいのだが」
呟きつつも思う。
しかし、赤い糸は確実にシャッターの内側へ伸びている。
念のために耳を済ませば、ガインゴインッという破壊音と、野郎共の叫び声など……なにやら無視できない音がする。
ここまで状況が揃っているのは珍しい。
あまり考えたくないが――。
俺の将来の嫁が、今まさにこの中へ引きずり込まれていて、「うへへ、自分で脱げないなら脱がしてやるぜ、うらぁあっ」とか涎を垂らしたモヒカン頭共に恫喝され、制服を引きちぎられ、胸を隠しつつ悲鳴を上げているかもしれない。
想像過多だと自分でも思うが、野郎の喚き声が微かにするのは事実なのだ。
あと、赤い糸が見えるのも!
「ああぁあああ、逃げたいっ、超逃げたい! けど、バイオレンスなレ○プシーンが脳内を駆け巡ってて逃げられない、くそっ」
いや、真面目な話、本当に足が勝手に動いてシャッターをくぐり、中へ入ってしまった。
シャッターのすぐ内側はまだ作業場みたいな場所だが、奥にある銀色のスイングドアの向こうから、複数の叫び声がする。
なんと、だいぶ接近したせいか、野郎の荒い呼吸まで聞こえたぞ。「はあはあっ」という呼気の音が。
「くそっ、俺の二番目の嫁になにしやがるっ」
すっかり中の光景を確信した俺は、拳銃ならぬスマホを手に、断固としてスイングドアをくぐった。
脳内にはいつしか、先週テレビの再放送で見た、荒野の用心棒のテーマ曲「さすらいの口笛」が情緒たっぷりに流れている。
どうでもいいが、計画序盤にこんな場所で死にませんように……マジで!