うんうんっ。感動しちゃった!
しかしもちろん、この時点で俺が反対する理由は特にない。
俺は喜んで遠方の温泉三昧を賛成し、「宿の手配とか終わり次第、行くか」と言ってやった。くどいが、本当に行く前に、空美ちゃんのお見舞いへ行く約束を果たしたいが、今日行ったばかりだから、これは戻ってからでもいいだろう。
「じゃ、じゃあわたしが予約しておきますから、決まりでいいですか」
きらきらする瞳で尋ねる可憐に、俺は思わず頭を撫でて「いいよ、可憐」と言ってやった。
「さ、触っちゃ駄目ですっ」
……まだ苦手が直らないのか、真っ赤になって逃げられたけど。
ところで、この旅に関するケチの付け始めは、俺が温泉旅行を承諾した、わずか二時間後に起こった。
その時、可憐はたまたま夕飯のために買い物に出ていて、ものぐさな俺が一人で留守番していた。いつもなら電話なんぞ可憐に任せるが、留守なのでやむなく俺が出たわけだ。
「あー、樹ですけど?」
『ああ、良かった! 可憐ちゃんが出たら、どう言おうかと思ったわ』
聞き覚えのある声がして、俺は思わずソファー電話台の前でびくっとなった。
「絵里香ちゃん?」
『そうそう。今、大丈夫?』
「平気だよ。可憐も留守だし」
『そうなの!? それは話しやすいかも。あのねー……孤島ではいろいろあったけどなんだか遊び足りない気がしない?』
おおっ、なんという思わせぶりな。
「そ、そうだね。そりゃまあ、盛り上がりかけたところで、あの事件があってオジャンになった気もしないでも。別に空美ちゃんのせいでもないけど」
『そうでしょう? だからほら……夏休みはまだまだ続くし、どこか行かない? あたしと』
「絵里香ちゃんと? ひ、日帰りかな?」
『……泊まりがけでいいのよ、あたしは。費用は全部出してあげるわ』
うおっ、なんか真面目な声で言われると、いろいろ想像するなっ。
「ひ、費用はまあ割り勘でいいし、行きたい気持ちもあるけど――少し後でいいかな?」
『――誰かと先に行くの?』
ぎゃー、声が低くなったあああああ。
「いや、誰かというか、妹だけど。同じくリゾート行きが短期で終わったから、温泉行きたいらしいのさ」
しどろもどろ……いや、よく考えたら別に妹のことで後ろめたい気分になることもないんだよな。
『ああ、可憐ちゃんとね。なんだ! それで、何泊?』
事実、絵里香ちゃんの声音はちゃんと元に戻り、俺はほっとした。
そこで、だいたいの計画をざっと話し、「三泊くらいかなぁ」と見通しを教えてあげた。ついでに、可憐の部屋へ移動し、まだPCのモニターに出たままのブログを知らせた。
『ちょっと待ってね。あたしもそのブログ……見てみるから』
声が途切れ、絵里香ちゃんが教えてあげたページを見ようとしているのがわかった――が。
『あら? ごめんなさい、もう一度、アドレス教えて?』
「いいけど?」
電話を持ったまま、モニターをもう一度確かめる。目の前に見えているので、見たままを教えてあげればいいだけだ。
しかし、戻って来た声は不審そうだった。
『おかしいわね。こっちのPCだと、そのアドレスに飛んでも「Not Found」って出るだけで、
なにも映らないの。どこか壊れたのかしら?』
「うちでは普通に映ってるけどなあ」
俺は特に妙とも思わずに肩をすくめ、「でもまあ、場所はわかってるから」と言って、今知る限りの情報を知らせた。
それと、幸か不幸か例の赤い糸で新たな発見があったので、俺は早速、絵里香ちゃんにそのことを話し、すぐに話題が移ってしまった。
というのも、赤い糸を見つつ、夜中にいろいろ試してみた時、繋がっている先の相手の顔を思い浮かべて糸を引っ張ると、本人に伝わることがわかった!
夜中、なぜかぴくぴくと引っ張られてる気がしたらしい……翌朝起きてきた可憐曰く。
それをそのまま話すと絵里香ちゃんにいろいろバレるので、「なんかこう、気合い入れて糸を引くと、そうじゃない時より糸に抵抗を感じるんだけど?」と言いつつ、前にやった要領でふんがーっと気合い入れて引っ張ってやる。
『わあっ。あはははっ』
おお、電話の向こうでもの凄く楽しそうに笑う声がっ。
『本当だわ。今、あたしの小指が引っ張られちゃった!』
「だろっ、だろっ。なんつーか、繋がってるって感じだよね?」
『うんうんっ。感動しちゃった!』
俺達はすっかり嬉しがって糸の話に終始し、ひなびた温泉の話はそれきりだった。
……後から思えば、絵里香ちゃんが同じアドレスに飛べなかったのは、深い意味があったかもしれないんだけど。