まさに、ニュータイプ
「……樹啓治さん、でしょうか?」
現れたのは、「ホントにこの人、そんな年なのか?」と思うような、見た目、非常に若々しい女性だった。
ただ、長年の心労のせいか、少しやつれて見えたけど。
「そ、そうです。いきなりお邪魔して、すいません」
俺がぺこぺこ頭を下げると、慌てて向こうも同じように頭を下げた。
「とんでもありません。高原さんからお伺いしました。樹さんのお陰で、もう一度娘に会えましたわ……」
語尾が泣き崩れて、口元を押さえるお母さんである。
うん、この人は子供思いのように見えるな。その点はよかった。
「あ、あの……私は少し席を外しますから、ぜひあの子と話してあげてください」
完全に泣き出す前にそう言うと、もう一度深々と一礼して、お母さんはどこかへ行ってしまった。うわ、俺も信用されたもんだな。
恐る恐る病室へ入ると、もはや見慣れたおかっぱの……それでいて、後ろ髪の長い女の子が一生懸命、上半身を起こそうとしていた。
「あぁあああ、無理しなくていいよ」
俺は慌てて中へ入り、危なっかしい女の子を支えてあげた。
ウサギ柄のパジャマが可愛い。
「ええと、空美ちゃんだっけ? ようやくまともに会えたな」
「うん……この半年、おにいちゃん以外の誰ともお話できなかったのよ。ようやく、自分の身体に戻れたの」
「つーことは、身体はコールドスリープ状態だけど、半年前から目は覚めていたってこと?」
「そうなの。島のちょっと先くらいまではふわふわ飛んでいけたけど、通りすがりの船とかで誰かに話しかけても、誰にも見えもせず、聞こえもせずで……さびしかったの」
「そうかー」
同情して手が伸びてしまい、思わず髪を撫でていたが……幸い、痴漢扱いはされず、嬉しそうに微笑んでくれた。
「ねえ、おにいちゃん。助けてくれたお礼に、わたしの秘密を教えてあげましょうか?」
「おお、いいねいいね。もちろん、二人の秘密だよな?」
「うんっ」
適当に合わせただけなのに、空美ちゃんは随分と嬉しそうに頷き、その場で目を閉じた。なにを始めるのかと思いきや、ふいにその小さな身体がふわりと宙に浮いた。
「おわっ」
マジかっという感じである。
夢ではない証拠に、長い黒髪がふわふわと舞い、そして身体ごとベッドから十センチほど浮き上がっている。
もちろん、昔のインチキ教祖と違い、種も仕掛けもない。
すぐに元通りにベッドに着地したが、気のせいでも見間違いでもないな……マジで浮いてた。
「凄いなあ」
俺は素直に感心しまくり、「ニュータイプを見たような気分だ」と絶賛してやったね。
「でもまだ、ちょっとだけ浮いたりできるていどなのよ」
はにかんで大きな瞳を瞬く。
「それでも、他にそんなことできる奴、知らないしな。……ただ、このことは本気で二人の秘密にしておこう」
「わかっているの」
空美ちゃんは、ひそひそと話し、自分の口元に人差し指を持っていった。
「変人あつかいとかされちゃうかもしれないし、インチキだって言う人も、きっといるものね」
「そういうこと。空美ちゃんは、ちゃんとわかっている」
元々、頭の良い子だと思っていたが、俺の勘は外れてなかった。
話し方はモロに年齢相応だけど、大きな瞳を覗き込むと、あどけなさと同時に、何かの弾みに大人っぽさも感じたりするからな。
関係ないけど、親父さんのこととかで、根掘り葉掘り訊くのもやめとこう。話したくなったら、自分から話すさ。
「おにいちゃんにも不思議な力があるから、わたし達、仲間だよね?」
にこにこと言われ、俺は苦笑した。
「そうだな。寝ながらにして、俺は空美ちゃんと会ったわけだから。異能仲間かもしれない」
俺の方がだいぶ、格下だけどなっ。
レビテーション(空中浮揚)と幽体離脱じゃ、レベルが違うわな。
そこで空美ちゃんは、一瞬ドアの方へ目をやり、真っ黒な瞳で俺を見上げた。
「もうすぐ、ママが戻ってくるわ。きっと、もうお休みしなさいって言うだろうから、今のうちにお願いなの」
「なにかな?」
「あと最低二週間ほどはここにいろって言われているから……その……また会いに来てくれる?」
「うん、また来るよ。ちなみに、食べないかもしれないけど、適当に見繕って、いろいろ駄菓子買ってきた」
「ありがとう! ずっとお菓子が食べたかったのっ」
「そうかー」
あー、いつのまにか俺、なんの抵抗も感じずに頭撫でまくってるけど、考えてみたら、赤い糸が現れたんだよな、この子との間に。
まだ十歳なのになと思い、試しに気合い入れて顔を見ると……むう、95とかの数字が出てるしー。絵里香ちゃんより上だというねっ。
我ながら驚き、俺はまじまじと空美ちゃんを見てしまった。
「あのね……あの……また会いに来てくれるお約束に、指切りしてくれる?」
俺の驚きには気付かず、もじもじと空美ちゃんがせがんだ。
う……ヤバい、この子可愛いじゃないか。